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ほんとムカつく

「康介? 帰ってんだろ?……なんだよ、シカトかよ。メシは? なんかない?」 リビングにいるのか、大きな声を張り上げている兄貴の声が俺の部屋まで響く。 兄貴は先日、ひとり暮らしをするのにこの家を出て行った。荷物なんかは殆どここに残ってるし、ちょいちょい帰ってくるのはわかっていたけど、こんなタイミングで帰ってくる事ねえだろうが…… 「………… 」 兄貴とは顔も合わさず、気づかれないように部屋に入ったつもりだったんだけどあっさり帰宅がバレてしまった俺は、それでも兄貴のいる階下へ顔を出す勇気がなく、知らんふりしてベッドに潜り込む。 こんな顔見られたら絶対心配させる。どうした? って聞いてくるに決まってる。 そもそも今だに涙が止まらないのに顔を合わせられるはずがない。 お願いだからそっとしといて…… ベッドに潜り込みながら、ジッと息を潜める。冷静になればなるほど、自分が情けなくて悔しくて涙が溢れてきてしまう。 ずっと修斗さんから避けられていたくせに、別れを告げられるんじゃないかとビクビクしていたくせに、それでも心のどこかで別れるなんて絶対ない……って思っていた自分に気が付いた。 でも別れてしまった。 勢いとはいえ、あんなに辛そうな修斗さんに向かって俺の方から「別れてやる」なんて啖呵を切ってしまった。 修斗さんも泣いてるかな? 俺の言葉で傷つけてしまったかな…… あんな顔してたんだ……きっと傷ついて泣いてるに違いない。 取り返しのつかない事をした。 潜り込んだベッドの中で、枕に顔を押し付け涙を拭った。 どのくらいこうしていたのか── だいぶ涙も落ち着いてきた頃、誰もいないはずの俺の部屋に人の気配を感じ慌てて布団から顔を出した。 「あ…… 」 「お前どうした?」 ベッドの前に座り込んでる兄貴に怖い顔で睨まれる。 「………… 」 兄貴のこういう怖い顔や真面目くさった顔は昔から苦手だ。 とりあえず涙も乾いたし大丈夫、泣いてたなんてバレやしない。 「どうもしねえよ」 精一杯普通を装った俺に向かって、兄貴はアホみたいにポカーんとした顔をしてから鼻で笑った。 「お前ふざけてんのか? そんな顔してどうもしないわけないだろ。ウケるんだけど……」 クソむかつく…… 「お前、何で泣いてんだ?……俺に言えない事? 大丈夫か?」 急に優しい顔になり、俺の頭をくしゃくしゃに撫でる。 なんだよ、 ほんとムカつく…… 兄貴の優しい顔に、思わずまた涙が溢れてしまった。

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