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特別じゃないと/嵐の後……
突然乗り込んできた康介は一頻り修斗さんへの思いを吐き出して、そしてあたふたと帰って行った。
……嵐のような出来事。
まだ僕色んな意味でドキドキしてるや。
「なんか笑っちゃう」
碧先生が康介の出て行ったドアの方を見つめクスッと笑った。ちょっと馬鹿にされたような気がして、僕はムッとして碧先生を見つめる。
「あ、ごめんね違うの……私、何やってんだろうってね」
笑顔のままだけどどこか寂しげな風にも見える先生は話を続けた。
「さっき話の途中だったでしょ? 修斗君の事……いつもね、私の気持ちを察してくれて、何でも先回りして喜ばせてくれたの。ムードメーカーだし、誰にでも優しい。当時の私はそんな誰にでも優しくて人気者な修斗君に少し不満を持ってたんだ」
「……心配だったんですか?」
僕は過去を思い返しながら話す碧先生を見て思わず聞いてみる。
「うん。不満って言うより不安だったのかもね。修斗君の中で一番になりたかった。大勢の友達と同列一位なんかじゃなくてさ、だって恋人なんだもん、やっぱり自分が特別じゃなきゃ嫌でしょ? 自分が断トツ一番じゃないと……」
そう言って小首を傾げ、はにかんで笑った。
「それでね、そんな想いが膨らんで……私から別れようって言っちゃったんだ。物足りない、なんて言ってさ。私ってば何様よね。別れて友達に戻って改めて修斗君の事見てたらさ、こんないい人、他にいないじゃん、勿体無いことしたなぁって後悔ばっかり。みんなに優しいのが修斗君のいいところなのにね。当たり前すぎてわからなくなってた私がバカだったんだ」
「………… 」
確かに修斗さんは優しいし楽しくてムードメーカーだと思う。
でも碧先生の話す修斗さんは、やっぱり僕の知らない修斗さんで、なんだかちょっと違和感を感じた。
「久しぶりに再会して、これはやり直すチャンスだと思ったの。ふふ……私こう見えて積極的なんだよ。きっと修斗君も会ってすぐ私が未練があることわかったんだと思う。私が気分よくデートできるようにエスコートしてくれた……でもね」
楽しそうに話していた碧先生が、ふっと俯き顔を隠すように僕から視線を外す。
「なんかわかっちゃったんだ……私が知っていた修斗君とはもう違うって。デートしててもうわの空だし、付き合っていた頃は当たり前だった事……手を繋ぎたいと思えばそっと手を繋いでくれるとか、先回りして修斗君からいつもしてくれてた事、もう何もしてくれなかった。あぁ、私も大勢の友達のうちの一人になっちゃったんだなって」
碧先生の声に元気がなくなる。
「デート中に携帯なんか絶対見ない人だったのにね、私の目を盗んで携帯見つめて寂しそうな顔してるの。なんだか悔しくて。修斗君にそんな顔させてる人がいるなんて思ったら私焦っちゃってさ。似合いもしないこんなピアス、無理矢理貰ったりしてバカみたいよね。彼の物を身につける事で見えないライバルに差をつけようなんて……」
どうしよう……
碧先生の話、聞いてて辛い。
「修斗君の部屋に行ってね、このピアスもらった時……キスしてくれたの。でも全然気持ちがこもってなかった。こんなに嬉しくないキス初めてだった。咄嗟に私は誰かのかわりじゃない! って思って頭にきて帰ってきちゃった。でもやっぱり諦められなくてまた修斗君と会ったりしてた……修斗君、全然気のないくせして断らないんだもん。でも虚しいよね。私も修斗君も」
「………… 」
修斗さん、何やってるの?
この人も康介も傷付けて……
酷いよ。
修斗さん自身だってあんなに辛そうにしててさ。
「あ!……やだごめん。竜太君、ごめんねこんな話聞かせちゃって。お友達なのよね? 修斗君もさっきの康介君も……ごめんね。泣かないで」
人を好きになってもその相手が自分を愛してくれるとは限らない。思い合っていても気持ちがすれ違ってしまう事だってある。
色んな思いがあって、うまくいったりいかなかったり……
「碧先生、ごめんなさい……泣きたいのは碧先生の方なのに僕は……僕はなんて言ったらいいのか。ごめんなさい……」
人の気持ちって難しい。
いたたまれなくて苦しくて、関係のない僕は何で涙を流してるんだろう……
「康介も……修斗さんも……責めないであげて……ください。碧先生、ごめんなさい」
泣いてしまった僕を見て、碧先生も泣きながら、でも呆れたように笑って僕の肩をぽんぽんと優しく叩いた。
「心配しないで。ありがとう竜太君。大丈夫、私きっぱり諦められたから。康介君だって修斗君だって、これっぽっちも責めるつもりはないよ。……逆に康介君に悪い事しちゃったね。私の事、誤解したからここまで話をしに来たんでしょ? 誤解……でもないか。修斗君のこと、狙ってたんだもん私も。ふふ……」
そう言って笑った碧先生は、康介に謝っておいてね……と僕に言い、頬をペチンと軽く叩き授業の続きを始めた。
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