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離さないから
「ちょっと?……え? 修斗さん?」
俺は康介の手を取りまた元の場所へ向かおうと足を進めた。
「鍵、開かないならいいじゃん。ここで……しちゃお?」
俺の言葉に康介が目を剥いて慌て始める。
「はぁ? バカなこと言わないでくださいよ。ダ……ダメですって。こんなところで、俺嫌だ」
俺に手を引かれ歩き出していた康介が足を止める。
それでも俺は少しずつ歩みを進めた。
「ほら……準備とか……ね? 俺、今日は何も持ってねえし……って修斗さん? 聞いてる? ダメですよ。こんなところで出来ませんって!」
康介は何も持っていないアピールなのか、ズボンのポケットを両方摘んで引っ張り出し、そのポケットをヒラヒラしながら俺の後をついてくる。
……面白い。
屋上のど真ん中までくると、俺は振り返り康介に抱きついた。
「ねぇ……しちゃお?」
チュッ、チュッと唇の周りにキスを落とすと慌てて康介は俺から離れる。
ポケットは相変わらず出したまま、腰を少しだけ引いた状態でまた「ダメ」と呟いた。
「修斗さん、帰ること諦めないでください。ここから出ましょ! 二人で帰りましょ! ね?」
困った顔の康介も可愛い。
「いいよもう。ほら、凍えるほど寒い季節じゃないし屋上なんて誰もこないんだからさ。二人っきりだよ?……こんなところでドキドキするね。夜中は星いっぱい見られるかなぁ」
康介の手を取りブンブンと振ってみる。
「ダメダメ、だって腹も減ったし……それに俺ションベンしたくなってきちゃったし。ここから出られないって思ったらめっちゃ もよおしてくるの何なの?」
「じゃあ俺が見ててやるからそこでしちゃいなよ」
はぁ? と言って口をあんぐりさせた康介に、可笑しくてとうとう俺は吹き出してしまった。
「しちゃいなよ、じゃないでしょ! 嫌ですって! びっくりして引っ込んだわもう!」
揶揄われたとわかった康介は、真っ赤な顔をして半笑い。
「はは……ごめんね、あ! そうだ、ちょっと待ってて……」
俺は携帯を取り出し電話をかけた。
また二人並んでドアの前──
「康介それ、どうする? 俺がなんとかしてやろうか?」
「なんとかって何すんですか。ダメでしょ、すぐ高坂先生来るんでしょ?」
康介の股間をジッと見てると、フンッと鼻を鳴らして康介は俺の鞄で前を隠した。
「じゃあ後で康介君の康介君、たっぷり可愛がってあげるね」
「くそ……どっちが! 言ってろ」
程なくしてドアの前に人影が見えた。
ガチャリと鈍い音と共に開いたドアの前にはムスッとした顔の高坂先生。
「何やってんだよ。おふたりさん」
明らかにオフの顔に切り替わっている先生が、面倒臭そうに低い声で呟いた。
「ごめんね、助かったよセンセーありがと! まだ学校に残ってたの?」
数日前の俺の状態を知られているから少し気まずくて、わざとちゃらけて見せるも睨まれてしまった。
「あのねぇ。君たちいつも普通に屋上使ってるけどさ、基本的に立ち入り禁止なのよ? 知ってる? ……ここの先生達なぜか黙認してるけどさぁ、全くこういうことがあると黙ってらんないよ? 面倒なのはごめんだからね!」
「………… 」
きっとこれから志音とデートなのだろう。イライラを隠さない先生に康介はちょっとビビって後ろに下がる。
「もう遅いしちゃんと帰りなさいよ。康介くんいい? まっすぐお家に帰るんだぞ。まっすぐな!」
康介の足の先から頭のてっぺんまでジロジロと見ながら、他にも何か言いたげな顔をして先生が言うもんだから少し恥ずかしくなってしまった。
康介は意味ありげに見られてるなんてちっとも気がつかないのか、鞄で前を隠したままハイッと元気に返事をして背筋を伸ばした。
こうして俺らは無事に屋上から解放され、二人仲良く下校する。
康介とこうやって並んで歩くのは随分と久しぶりな気がする。なんで俺、別れたら楽になるなんて思ったんだろうな。
康介が俺のこと諦めないでくれて本当に良かった……
「……ん? なに? 修斗さん」
「康介ありがとな」
俺はさっきからずっと康介のズボンから出っ放しになっているポケットの裏布を引っ張り足を止めた。
「へへ……どういたしまして」
照れくさそうに笑った康介はポケットを掴む俺の手を取る。
「たまには手……繋いで帰りましょ」
絶対にこんなの照れてしてくれない康介が、ちょっと大胆に俺を引っ張って歩みを進める。
「もうずっと離さないから……」
振り返らずにボソッと呟く康介に、俺の方が照れくさくなってしまって小さく頷くことしかできなかった。
ありがとう。
もう絶対に離さないから大丈夫。
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