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楽しみと寂しさと……

「俺は今と変わらねえよ。卒業してもそのまま今のバイト続けるし。靖史さんとこの手伝いもあるしな」 「………… 」 周さんは就職も進学もしない。今のままのバイト生活。きっとそれはバンド活動を続けて圭さんを待つためなんだよね。 「雅ちゃんから少しは聞いてるけど、圭君だっけ? 彼のことを待ってバンドを続けるのかい?」 謙誠さんの口から圭さんの名前が出ると、周さんは嬉しそうに話しだす。 「そうだよ。圭さん凄えんだ。圭さんの親、知ってるか? あの超有名な坂上泰牙! あの泰牙と同じギター弾く圭さん、俺は尊敬してる。かっこいいんだ。だから待つんだ。また一緒にやる……」 「そうだな。でも凄いのは圭君じゃない。凄いのは圭君のお父さんだ」 謙誠さんが真面目な顔をして周さんに言った。 「あ? なんだよ! 圭さんだって凄えんだ!」 凄いと尊敬している大好きな圭さんのことを急にそんな風に言われたもんだから、周さんはあからさまに不愉快そうな顔をする。 「そうだな。だから圭君はお父さんに認めてもらうため、そして父親を追い抜こうと今アメリカに渡ってるんだろ? そんな人が戻って来た時に君は大丈夫なのか? ただ一緒にやりたいってだけじゃ圭君の迷惑になる。ちゃんとわかって言ってるのか? ……お、お父さんはやっぱり君が安定した生活ができるように就職なり進学なりしてもらいたいのが本音だよ……」 あ…… 謙誠さん、自分のこと「お父さんは」って言った。顔真っ赤…… 周さんは謙誠さんの言葉にカーッとなってそんなこと気がついてないみたいだけど。 「圭さんに迷惑なんかかけねえよ! なんだよ謙誠さん。俺の勝手だろ……修斗だって就職してもバンド続けるよな? 圭さんには言ってないけど、靖史さんと三人で待つんだよな?」 修斗さんはにこにこしながら、うんうんと頷く。 「まぁ、僕も雅ちゃんも君の自由にやりたいように……って思ってるのは違いないから、好きにするといい。でもな、心配はさせてもらうよ。君の親なんだから。だから何かあった時はちゃんと親を頼りなさいよ? 時には妥協や諦めだって必要になることもある。沢山悩んで沢山努力しなさい」 周さんはプイッと外方を向いたまま黙ってる。 「でも君らみたいなかっこいい子がうちの店に来てくれると、女の子のお客さんが増えそうなんだけどなぁ。この近辺の店くらいなら、いずれは周君に任せてもいいんだけど……」 冗談ぽく笑い、周さんを見た。謙誠さんの言いたいことがわかったのか、周さんは振り返り首を振る。 「跡取りとかそういうの、俺に期待するなよ? 興味ねえから……」 はいはい、と少し寂しげな表情を浮かべ、謙誠さんは立ち上がった。 「お邪魔したね。今度は来る時はちゃんと連絡するから。あ、今度は卒業式だな。僕も雅ちゃんと行くからね」 謙誠さんは僕に「周君をよろしくな」と言って帰って行った。 「なんか周さんの父ちゃん、騒がしいんだかチャラいんだか、真面目なんだか……なんか凄えな」 康介が謙誠さんの出て行った玄関の方を眺めながらポツリと呟く。そんな康介があまりにもぽかんとしているので笑ってしまった。 「ま、ともあれ旅行は楽しみだな。観光するところ決めてさ、そうだ! 康介あれ作ってよ、えっと……ほら遠足のしおりみたいなの!」 「は? なにそれ面倒くさい。小学生かよ」 修斗さんがパンフレットを広げながら携帯を弄りだす。 色々な観光スポットを検索してはみんなでどうしようか話し合った。 卒業旅行は楽しみだけど、その前に卒業式がある。 それを考えると、やっぱり僕は寂しさで胸が詰まった。

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