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歌の贈り物

「ごめんくださいー!」 靖史さんの家は酒屋さん。店舗兼住宅なんだけど、靖史さんの部屋は同じ敷地内にある離れのプレハブ小屋みたいな建物。インターホンらしきものもないので、僕はドアをドンと叩きながら大きな声で呼びかけてみた。 しばらくするとゴソゴソと眠たそうな靖史さんが顔を出す。 「ん……? あ、竜太君じゃん。あれ? ごめん今日だったね。どうぞ入ってよ」 靖史さんに促されるまま部屋へお邪魔すると、奥に女の人がいてびっくりする。 「あ! あの、すみません……僕……あの…… 」 「竜太君びびりすぎ。ごめんね、俺の彼女。初めましてだよね?」 狼狽えている僕を見て笑いながら靖史さんが言った。 靖史さんの彼女。 周さんや修斗さんから聞いたことある。 今までライブには来たことない……と思うから、僕は由香さんと会うのは今日が初めてだった。 「初めまして、竜太君。由香です」 綺麗な黒髪が肩の下まで真っ直ぐ伸びていて、凄く上品そうな人。大きな瞳が僕を見つめる。 「は、初めまして。竜太です」 とりあえず挨拶できたけど、基本的に男女問わず初めての人はちょっと緊張してしまう。 「ごめんな、今日だったのすっかり忘れてたよ。ちょっと待ってな、飲みもん持ってくるから……」 「あ! 大丈夫です! お構いなく……」 僕の言葉も虚しく、靖史さんは部屋から出て行ってしまった。 ほら……二人きりになっちゃったじゃん。 気まずくなっちゃうのいやだな。 「ごめんね、竜太君来るのわかってたら私は遠慮したのに。靖史君忘れっぽくてダメよね」 「あ……! 僕の方こそお邪魔しちゃってごめんなさい」 「………… 」 「………… 」 やっぱり…… 由香さんは見た目の通り大人しい人みたいで何も話さないから、僕が何か話さなきゃと少し考える。 「あの、由香さんはライブには来ないんですか?」 あ、いきなり不躾だったかな? きょとんとしている由香さんを見て更に気持ちが焦ってしまった。 「うん……靖史君、呼んでくれないんだよね。私が行くの嫌みたい。それにほら、夜遅くなっちゃうのも私の親が心配するからって。だから高校の時の文化祭のステージくらいしか見たことないんだ」 そうだったんだ。 靖史さん、なんかかっこいいな。 「でも本心は私が見に行くと恥ずかしいから……っていうのが大きいみたいだよ」 由香さんはそう言ってクスクスと笑った。 そんなことを話してるうちに、靖史さんが部屋に戻ってくる。 「お待たせ。竜太君も麦茶でいい?」 「あ、すみません。ありがとうございます」 靖史さんが戻ってくれてちょっとホッとした。 「楽譜……だよな。あとこれコピーしておいたから」 靖史さんがテーブルの上に麦茶を置きながら、ごそごそと紙切れを取り出す。 「でも大丈夫? 康介君と二人でアカペラでやるんでしょ? この曲だって毎回ライブでやってるわけじゃないから……ちゃんと覚えてるの?」 靖史さんが心配してそう聞いてくれた。 ……そう、僕らは卒業式の後にこの曲を康介と二人で歌って、周さんと修斗さんに聞いてもらおうと計画していた。 圭さんの最後のライブの時にやった、別れと再会を歌った曲。 康介が、やるなら絶対にこの曲がいいと言って即決したんだ。

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