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チャレンジャー
「大丈夫です……多分。あ、あの、よかったら靖史さんちょっと歌ってみてくれませんか?」
僕は録音しようとスマホを取り出して靖史さんに向ける。
「は? 俺が?……ここで? いや無理無理無理! 俺、歌ヘタだもん。やめて。恥ずかしいから 」
由香さんが靖史さんの後ろで笑いを堪えてる。
「あ! ちょっと待って、別に俺が歌わなくてもほら、CDあるから。それ貸したげるから! な? それでいいだろ?……俺が歌うのは勘弁してくれ」
慌てて奥の机の引き出しからガチャガチャと数枚のCDを取り出してきて、その中の一枚を僕に渡してくれた。
「これ聞いて練習しなさいな」
「CDなんてあるんですね。ありがとうございます! でも僕、靖史さんが歌ってるのって聞いたことないや。聞いてみたかったな」
そう言うと、
「靖史君あんなこと言ってるけど、本当はとっても歌上手なのよ」
後ろで由香さんが笑いながら、コソッと僕に教えてくれた。
これ以上ゆっくりして二人の邪魔をしちゃ悪いので、僕は借りたCDと楽譜と歌詞の書いてある紙を丁寧に鞄にしまい、すぐに家に帰った。
自分の部屋に入ると早速鞄からCDを取り出しテーブルの上に出す。
これは康介が来てから聴いた方がいいかな? でも早く聴きたいな。一人で先に聞いたら、康介の事だからズルい! ってうるさそうだ……
何気なくテーブルに出したCDを手に取った。CDのラベルには直接マジックで曲名などが書かれている。あの曲だけじゃなくて十曲近く書いてあり、そしてよく見ると日付けも記入されていて、それが昨年の三月……
え?
この曲順でこの日付……
これってもしかして、卒業ライブの時のやつかも!
楽譜を眺めながら少し鼻歌を歌ってみる。あの時のライブの様子が、ついこのあいだのように思い出された。
周さんの静かな歌声、圭さんを見つめる陽介さんの優しい視線……隣で号泣していた康介の顔。
「………… 」
やっぱりこれは先にCDを聞いたら康介が怒るパターンになりそう。そう思って僕は早く来いってメッセージを送った。
そわそわしながら夕飯を済ませ、康介を待つ。そして思ったより遅い時間にやっと康介が訪ねてきた。
「遅かったね。待ちくたびれて眠くなっちゃった……」
よく見ると頭が少し濡れてる。
「もしかしてお風呂入ってから来たの?」
「そう! 遅くなっちゃったから今日は竜んち泊まろうと思って。いい?」
……別にいいんだけど。
「なんか康介が僕の家に泊まるの小学校の時以来だね」
久し振りでちょっと浮き浮きしてきちゃった。
「卒業式まで時間もねえし、練習しなきゃだもんな……竜は歌、下手だから」
僕を見て康介はププって笑うけど、歌のレベルは二人とも変わらないと思う。そもそも周さんと修斗さんの前で披露するって事がもうかなりのチャレンジャーなんだから……
「歌の下手さは康介ほどじゃないよ?」
「なんだと?」
二人でちょっとふざけ合う。
その後母さんに布団を出してもらって、僕は先程靖史さんから受け取ったCDと譜面を康介に見せた。
「すげぇ! CDも借りてきたんだ! 早く聴こうぜ!」
案の定、興奮気味の康介に急かされて僕はCDをセットした。
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