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卒業
今日は絶対に泣かないんだから──
そう決めた僕だけど、やっぱりちょっと無理かもしれない。
今目の前で名前を呼ばれた周さんが壇上に上がっていく。校長先生に深々と頭を下げ、卒業証書を受け取った。
普段は少し猫背で歩くくせに、今日はちゃんと背筋を伸ばしてしっかりと前を見据えて堂々としている周さんの姿が、涙で歪んで見える。
それでもなんとか涙を堪え、僕は卒業式を見届けた。
式が終わり教室へ戻る。今日はこのままホームルームを済ませ全員下校、でも殆どの生徒はあちこちで卒業生と挨拶を交わしたり別れを惜しんで立ち話をしていた。
勿論僕もすぐに隣の教室へ向かい、康介と一緒に周さん達を探す。てっきり康介は泣いているかと思ったけど、笑顔でいつもと変わらない様子なのが意外だった。
「修斗さん、周さんと一緒にいるからってさっき連絡あったよ」
廊下を歩きながら康介が言う。この後周さん達と合流して、そのままカラオケに行くんだ。
僕らだけのちょっとした卒業祝い。
下駄箱に差し掛かると酷い人集りを見つけ、それが周さん達だとすぐに気がつく。
「予想はしてたけど……凄いな。あれじゃ近づけないよ」
康介もその様子を見て溜息をついた。
よく見ると周さん達を取り囲んでる人達が何か言ってる。記念にブレザーのボタンが欲しいとか、ネクタイが欲しいとか、写真を撮ってとか云々……
そういう事、頭になかった。
そうだよね。僕も何か欲しいな……一瞬そう思ったけど、そんなの貰わなくたって周さんとはいつも一緒にいられるんだから、と思い直した。
「なぁ、あれじゃキリがないから俺らも行こうぜ」
康介がなかなか捌けていかない人集りを見つめながら僕の袖をグイッと引っ張る。
「そうだね。僕らも行こうか」
二人で周さん達に近づいていくと、周りの人達が気がつき場所を開けてくれた。
「あ、康介待ってたよ!」
修斗さんがすぐに手を振り康介を呼ぶ。その姿を見てちょっとびっくり。
「修斗さん! なんて格好……」
康介が驚くのも無理はない。ブレザーの前ボタンは一個もついてないし、ワイシャツも前がはだけて肌が丸見え。ネクタイは手に持っているけど……うん、ちょっとあられもない格好で目のやり場に困るかも。
屈託なく笑う修斗さんは駆けつけた康介の腕を引き寄せその手にネクタイを握らせた。
「これは康介に持ってて欲しいから死守したよ。はい、欲しかったでしょ?」
「あ……ありがとうございます」
周りからのブーイングに康介は困ったように顔を赤くする。
「康介ったら寂しくて泣きそうなのに頑張って我慢してるんだもんね? ありがとうね。康介大好きだよ。ネクタイ俺だと思って使ってね」
「……!! 」
修斗さんはサラッと恥ずかしい事を言い、そのまま戸惑っている康介を抱きしめるもんだから周りは大騒ぎになってしまった。
周さんはというと、修斗さんほどではないけど少しだけ衣服が乱れている。それでもボタンはちゃんと全部ついているしネクタイも締めたまんま。僕と目が合うと「こっちに来い」と手招きをするから僕は周さんの方へ進んだ。
「俺ら先に保健室行ってるね。センセーにも挨拶したいからさ、竜太君もちょっとだけ待ってて」
修斗さんは康介と腕を組み、また廊下を戻り保健室へ行ってしまった。チラッと見えた康介はやっぱり我慢していたのか、俯いて泣いていた。
僕らも修斗さんの後に続き保健室に向かった。周さんはボタンだのネクタイだの欲しがる後輩達に「何もやらねえ!」と一喝し黙らせていた。それでも調子に乗った数人から服を引っ張られたりしていたらしく、それで服が乱れていたみたい。
……ボタンくらいあげちゃえばいいのに。
別れを惜しむ後輩達にあまりにも無愛想全開な周さんを見て、そんな風に思ってしまった。
周さんの隣を歩きながらチラッと顔を見てみると、何かもじもじとした感じで自分のブレザーのボタンを弄ってる。
無意識なのかな?
ちょっと不思議に思っていたら周さんが話し出した。
「竜太がほら……こういうボタンとかさ、ネクタイとかさ、欲しいかどうか俺わからなかったから……」
え? わからなかったから、誰にもあげないで全部僕のためにとっておいてくれたの?
「周さん……」
「あ、別にいらないならいらないでいいんだけどよ、気にすんな」
いらないわけない!
そんな風に思ってくれてたなんて凄く嬉しかった。
「欲しいです! 嬉しいです」
やっぱりどうしたって目に涙が溜まってしまう。僕は何とかそれを誤魔化しながら、周さんの腕にしがみついた。
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