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卒業旅行/親孝行

康介も修斗さんの分の料理を持って戻ってきたところで、四人で揃って「いただきます」をした。食事をしながら昨日の周さんの話を聞く。 周さんが僕に荷物を預けてトイレに行った後の出来事── 「びっくりしたんだよ。便所入ったら小さい婆さんがいてよ、ここ女子便所か? って焦ったんだけどそうじゃねえみたいだし、婆さん泣きそうな顔してっから、困ってんのかと思って声かけたんだよ」 周さんって、怖そうな雰囲気だけど優しいんだよね。そういう状況って知らんぷりする人の方が多いと思うよ。 「声かけたら案の定泣き出しちまって、俺にしがみつきながらどこに行ってたって言ってっからさ、てっきり迷い老人かと思ったんだよ」 ……迷い老人。 迷子かと思った周さんは近くに知り合いがいるというお婆さんの言葉を信じて探すも全然見つからず、そのまま言われるがままに家まで送り届けたらしい。 「でも歩いてる道中もよ、喋ってる内容がどうにもよくわからなくてさ、俺の事をカズヒサさんとか言ってるし、何べん違うっつっても無視して喋ってるから諦めた……」 家まで送ると「上がっていけ」と言われ、そそくさと化粧を始めたお婆さんを静かに見守り、そして話し相手になってるうちに親族の人が帰ってきたから事情を話した。お婆さんは夕食を作るから手伝えって言い出して聞かないし、それでも帰ろうとしたら十年振りに帰宅したというのに出て行くとは何事か!って泣き出してしまって、親族の方が申し訳ないから全然帰ってくれていいからと言ってくれてるのに、周さんは気の毒になってしまったみたいで、自分から残ってしばらく付き合うって言ったんだって。 「あの婆さんにとって俺は恋人だったり旦那だったり息子だったり、短時間でコロコロ変わってたけど、それでもどいつが相手でも十年振りに会うことができて幸せだって嬉しそうに喜んでたんだよな。なんかボケちまってるせいなのか料理の味付けはイマイチだったけど、他に来ていたおっちゃんと一緒に飯食わせてもらってさ、そのおっちゃん……多分息子だよな? そいつ、久しぶりに手料理食べたって言って食べながら泣き出しちまうし。なんか複雑だったな。でも二人とも喜んでたしさ、いいことしたんじゃね? 俺」 そう言って笑う周さん。修斗さんも康介もちょっと呆れ気味で話を聞いている。 「お袋がそのうちボケちまっても俺や竜太のこと覚えててくれっかな? でもたまに思い出してはああいう風に幸せな気持ちになってくれれば、家族としては嬉しいもんなのかな……」 ……雅さんが聞いたら絶対に怒りそう。 「家族って大切にしないとな。って、ちょっと考えちまった。ボケちまう前に親孝行ちゃんとしてやらないとって……」 「雅さん聞いたら怒られるぞ」 修斗さんがそう言って笑った。 そして夕飯をたらふくご馳走になり、なかなか寝ないお婆さんとお喋りを続け、やっと眠ったのを見届けてからホテルまで送ってもらって帰って来たと周さんは説明をしてくれた。 「後からお礼がしたいからってしつこく連絡先とか聞かれたんだけどよ、面倒臭いしいいよって断って何とか帰って来れたよ。心配かけたな。ごめんな」 周さんが僕の方を見ながら優しく微笑みかける。 「……周さん、見かけによらなすぎるでしょ。人が良すぎるのもどうかと思います」 話が終わると、康介も呆れ顔でそう言った。 四人で朝食を終え、一旦部屋へと戻り出かける支度を始める。 また昨日と同じくバスに乗り、遊覧船の乗り場まで行くんだ。 「………… 」 「竜? どうした?」 手荷物に財布を入れてる手が止まり、ぼんやりしている僕を見た康介が心配そうな顔をしてこっちを見てる。 「あ……なんでもない」 ニヤついて気持ち悪い、と変な顔をされたけどしょうがない。 「楽しみだね、船!」 遊覧船に乗ったら僕は周さんと一緒にデッキに出るんだ。そして背後から周さんにギュって抱きしめてもらうんだ。 風にあたりながら、周さんに抱きしめられている自分の姿を想像してはニヤニヤしてしまう僕を見て、康介は呆れ顔で溜息をついた。

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