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卒業旅行/修斗の特効薬
最悪だ……
死ぬ……
何でこんな時に康介がいないんだよ。
そもそも俺はロープーウェイは乗りたくなかったんだ。でもあんまり怖い怖い言って拒否するのも空気壊すし、何より康介が山頂の展望レストランに行きたいって言ってるから、俺は強くは言えずに乗ることにしたんだ。やっぱり楽しそうにしてる康介可愛いだろ? 嫌だとは言えないよな。それにきっと観覧車ほどは怖くないはず。大きいし、康介も一緒だし……あっという間に到着するはずだから。
それなのに何なんだよ、康介はいないわ途中で止まるわ、嫌がらせか?
俺は思ってるほどそんなに怖くないだろうと乗ったものの、あまりの人の多さに不安感が募ってしまい膝が震えた。定員オーバーなんじゃねえの?あんなロープにぶら下がってるだけなのに大丈夫なのか?……なんて考えてしまったらもう嫌なイメージしか湧いてこず、目の前の周にしがみついて立ってるだけで精一杯だった。
康介がいれば、康介に引っ付いてふざけていれば気が紛れたかもしれないのに……
なんで乗ってねえんだよ。
ゴンドラが止まったとわかった瞬間、冷や汗が噴き出てくる。呼吸も苦しい。
俺ってこんなに怖がりだったんだな。我ながら驚いた。貧血にも似た症状で目の前が白くなる。本当にヤバイかも……
俺の様子に気がついた竜太君が周に何か言っている。
「おい、どうした?」
周が振り返りながら俺の顔を覗き込んできた。
「……ヤバい……ダメ、ヤバい……」
周が振り返るから、掴まっていた手の力が抜けてしまい膝から崩れ落ちそうになったけど、咄嗟に周が支えてくれてなんとか持ちこたえることができた。
何だか耳も遠くなってる。
自分だけ別世界にいる感覚……
周りがぼやける。
気がついたら周に抱き抱えられていた。辛かったら座れと言われたけど、俺は恐怖で1ミリたりとも動けなかった。
動いたら落ちるような気がして、竦んでしまってどうしようもない。
「……落ちる……ヤバい、ヤバい……」
心の中で言っていたつもりが声に出ていたらしく、周が笑って落ちるわけがないと言っている。
……笑い事じゃねえし。
でも「大丈夫」と俺にずっと言ってくれてる周の声に少しずつ冷静さを取り戻していった。
康介に会いたい……
何でいないんだよ……
周に励まされながら、俺は恐怖心を押さえ込む。周に抱きしめられながら竜太君の心配そうな顔が見え、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
周から離れないと……
竜太君が嫌な気持ちになってしまう。
そんなことわかってるのに、それでも怖くて周から離れられない。
情けない。
いつになったらこのゴンドラは動くんだよ。
いつになったら康介に会えるんだよ……
ギュッと目を瞑っていると突然耳元で康介の声が響いた。
「修斗さん? 修斗さん? おーい! 修斗さん? 俺だよ! 大丈夫?……じゃないよな、怖いよね? もうすぐ動くから、ちゃんと上まで行くから……辛抱して、俺もすぐ向かうから。怖かったら周さんでも竜でもいいからちゃんとつかまってて、ね? 修斗さん? 聞こえてる? 生きてる?」
康介の切羽詰まった声……
ふふ……
そんな大声出さなくても聞こえるっつうの。
竜太君が俺の携帯を耳にあててくれたんだとわかり、携帯を受け取った。
「ちょっとー、修斗さん? 聞いてる? 声、聞かせてくださいよ。何だよ黙ってんなよ。そんなに怖いの? どうせまた周さんにギュってされてんだろ? もう……しょうがないよな、今は許す……嫌だけど。ふんっ! 俺が行くまで周さんに守ってもらってて」
やきもち妬いてる顔か目に浮かぶ。
今は許すって……
「いいよ、もう大丈夫。康介の声聞いたらホッとした。震えが治ったよありがとう……愛してるよ」
本当に不思議なもので、康介の声を聞いていたら恐怖心がなくなった。周から少しだけ離れ、俺はもう一人で立っていられると周に目配せをした。
「あぁっ? な……なに? なにいっちゃってんの? あ、愛してるとか、は? こんなとこで言ってんなよ! バカなの? やめて……恥ずかし……」
康介の周りがなにやら騒がしい。どうやら「愛してる」なんて口に出したから冷やかされているようだけど……康介一人じゃねえの? 誰と一緒なんだか、電話の向こうの見えない相手にも「うるさい黙ってて」なんて言っていた。
康介と電話で話しているうちに、ゴンドラはまた動き出したみたいで、気がついたら頂上まであと少しの所に来ている。
「康介、ありがとう。上で待ってるから早く来いよな。愛してるよ。ふふ……」
またギャーギャー言ってたけど、構わず俺は電話を切った。
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