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第2話
「そんなこと言って。社長は、映画あんまり見ないじゃないですか」
徳倉の独り言に、潮崎が揶揄の混じった口調で指摘する。
「ん? まあな。上映されているときは、そのうち見ようって思っている間に終わっちまうし。ビデオが出て借りようかと思っても、なんか家で見るのは面倒くさいんだよな」
徳倉がずずっと、茶をすすりながらまた独り言のように呟く。
今はDVDのレンタルが主流だというのに、徳倉の年代だと『レンタル=ビデオ』という図式が成り立つらしい。
「わかるような気がします」
睦月が同調すると、
「だろー?」
と、徳倉が二カッと笑う。
──あ。笑ったカンジも、なんか似てる。
徳倉の笑顔を見ても、睦月はついついここにはいない青年のことを思い浮かべてしまう。
「なんだ? 薗部くん。俺に見惚れているのか?」
徳倉の笑顔が意地の悪いそれに変わって、睦月に向けられる。睦月はあわてて、思いきりぶんぶんと首を横に振った。
「薗部くんが社長に見惚れるわけがないでしょう」
すかさず、潮崎が容赦ない口調で言い放つ。
それを聞いた徳倉は、ムッとした顔で潮崎を睨み返した。だが、潮崎はそれを気にするでもなく、悠然とした態度でお茶を飲んでいる。
「ばかやろ。この俺様の大人なシブさがわからないわけないだろうが」
「渋すぎて、食すに値しない柿と同じですね」
「何が言いたい? 潮崎」
「べつに。渋さよりも、瑞々しさってことですよ」
「ああ!?」
言い合っているうちに、徳倉の眉間のしわが縦にくっきりと深くなる。
「若い子は、同じく若い子の方がいいんですよ。ねえ、薗部くん」
潮崎がにっこりとほほ笑んで、睦月を見つめる。
それはとても美しい微笑なのだが、悪魔の尻尾が後ろに見え隠れしているように感じるのは、気のせいだろうか。
「おい、潮崎。んなコワい笑顔で薗部くんに迫るんじゃねえよ。怖がってんだろうが」
「失礼な。そんなことないよねえ、薗部くん」
「ははは」
睦月は笑ってごまかすが、口の端が心持ち引きつってしまう。
気分はまるで、会社の接待で上司と取引先の両方に無理やり酒を勧められているOLのようだ。
祐太くん……早く、帰ってきてーっ!
睦月が、密かに心の中でそう祈った時だった。
「──なにしてんですか?」
よく響く、若い声が背後から聞こえてきた。睦月がその声に反応して振り返ると、頭にタオルをバンダナのように巻いた汗だくの長身の青年が、むすっとした表情で入口にたたずんでいた。
彼こそ、睦月が待ち焦がれていた男。トクラサービスカンパニーの新米便利屋で、徳倉の甥である徳倉祐太だ。
祐太は睦月に向けて一瞬だけ笑顔を向けたが、すぐに不機嫌な表情に戻って、つかつかと睦月たちのほうまで歩いてきた。そして、両腕を伸ばしてぐいっと徳倉と潮崎の肩を押しのけて、睦月から引き離した。
「二人とも、睦月さんをからかうのはやめてくださいよ」
珍しく厳しい口調で、祐太が言った。
明らかに怒っている様子の甥っ子に、徳倉は気にする様子もなくニヤニヤ笑って「よう、おかえりー」と言い、潮崎は潮崎で、「意外と早かったですね」と、けろりとした態度で言い放った。
そんな厚顔な二人の態度に、祐太はますます不機嫌になる。
めったに見ない祐太の態度に多少びくつきながらも、睦月は「あの……」と、声をかけた。すると、祐太は睦月を見て途端に表情が柔らかくなる。
「すみません。待ちましたか?」
尋ねる声は、いつもの明るい優しいものだった。それを聞いて、睦月はほっとしながら祐太の質問に首を横に振ることで応える。
「オヤジたちの相手は、疲れたでしょ? 出ましょうか」
祐太は、睦月にソファーから立ちあがるよう促した。
「おい、コラ。祐太、お前な──」
「はい、社長。今日の売り上げ」
徳倉が言い咎めようとしたのを遮って、祐太は売上金の入ったバッグを徳倉に投げてよこした。立ち上がる睦月の肩にさりげなく腕をまわして、事務所を出ようとすると、
「祐太くん。今日の業務報告書は?」
今度は、潮崎が冷ややかな声で聞いてきた。その声の迫力に気圧されて、睦月は潮崎の方を振り返ることができない。
「そんなの、月曜日の朝にやりますよ」
「だめでしょう? その日の業務内容は、その日のうちに報告書に書いてもらわないと」
穏やかそうに聞こえるが、どこかぞっとするような冷徹な口調で潮崎はなおも言い募る。
祐太は、わざとらしく大きなため息を吐いてみせた。
「あのさあ。俺、今日は朝6時から吉田さんちの犬の散歩、それから竹中さんちの倉庫の掃除、午後からは鈴木さんの会社の配送の手伝いに、最後はまた吉田さんちに戻って夕方の犬の散歩で、朝からずっと働きづめなの! 超過勤務もいいとこだよ」
時計は、もうすぐ夕方の6時を指そうとしていた。
「そうですか。そんなに働きづめなら、かなり疲れているんでしょうね。映画なんか見たら、すぐ眠ってしまうのではないですか?」
抑揚のない声で、潮崎がそう言った。オヤジと言われたうえに、祐太に反抗されて完全に機嫌を悪くしたらしい。
「映画?」
潮崎の言葉に、怪訝そうな表情を見せる祐太に、睦月があわてて言った。
「あ、あのさ。『ラストミッション』の試写会のチケット、もらったんだ」
「え? マジで!?」
祐太がパッと明るい表情になる。
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