2 / 3

第2話

「そんなこと言って。社長は、映画あんまり見ないじゃないですか」  徳倉の独り言に、潮崎が揶揄の混じった口調で指摘する。 「ん? まあな。上映されているときは、そのうち見ようって思っている間に終わっちまうし。ビデオが出て借りようかと思っても、なんか家で見るのは面倒くさいんだよな」  徳倉がずずっと、茶をすすりながらまた独り言のように呟く。  今はDVDのレンタルが主流だというのに、徳倉の年代だと『レンタル=ビデオ』という図式が成り立つらしい。 「わかるような気がします」  睦月が同調すると、 「だろー?」 と、徳倉が二カッと笑う。  ──あ。笑ったカンジも、なんか似てる。  徳倉の笑顔を見ても、睦月はついついここにはいない青年のことを思い浮かべてしまう。 「なんだ? 薗部くん。俺に見惚れているのか?」  徳倉の笑顔が意地の悪いそれに変わって、睦月に向けられる。睦月はあわてて、思いきりぶんぶんと首を横に振った。 「薗部くんが社長に見惚れるわけがないでしょう」  すかさず、潮崎が容赦ない口調で言い放つ。  それを聞いた徳倉は、ムッとした顔で潮崎を睨み返した。だが、潮崎はそれを気にするでもなく、悠然とした態度でお茶を飲んでいる。 「ばかやろ。この俺様の大人なシブさがわからないわけないだろうが」 「渋すぎて、食すに値しない柿と同じですね」 「何が言いたい? 潮崎」 「べつに。渋さよりも、瑞々しさってことですよ」 「ああ!?」  言い合っているうちに、徳倉の眉間のしわが縦にくっきりと深くなる。 「若い子は、同じく若い子の方がいいんですよ。ねえ、薗部くん」  潮崎がにっこりとほほ笑んで、睦月を見つめる。  それはとても美しい微笑なのだが、悪魔の尻尾が後ろに見え隠れしているように感じるのは、気のせいだろうか。 「おい、潮崎。んなコワい笑顔で薗部くんに迫るんじゃねえよ。怖がってんだろうが」 「失礼な。そんなことないよねえ、薗部くん」 「ははは」  睦月は笑ってごまかすが、口の端が心持ち引きつってしまう。  気分はまるで、会社の接待で上司と取引先の両方に無理やり酒を勧められているOLのようだ。  祐太くん……早く、帰ってきてーっ!  睦月が、密かに心の中でそう祈った時だった。 「──なにしてんですか?」  よく響く、若い声が背後から聞こえてきた。睦月がその声に反応して振り返ると、頭にタオルをバンダナのように巻いた汗だくの長身の青年が、むすっとした表情で入口にたたずんでいた。  彼こそ、睦月が待ち焦がれていた男。トクラサービスカンパニーの新米便利屋で、徳倉の甥である徳倉祐太だ。  祐太は睦月に向けて一瞬だけ笑顔を向けたが、すぐに不機嫌な表情に戻って、つかつかと睦月たちのほうまで歩いてきた。そして、両腕を伸ばしてぐいっと徳倉と潮崎の肩を押しのけて、睦月から引き離した。 「二人とも、睦月さんをからかうのはやめてくださいよ」  珍しく厳しい口調で、祐太が言った。  明らかに怒っている様子の甥っ子に、徳倉は気にする様子もなくニヤニヤ笑って「よう、おかえりー」と言い、潮崎は潮崎で、「意外と早かったですね」と、けろりとした態度で言い放った。  そんな厚顔な二人の態度に、祐太はますます不機嫌になる。  めったに見ない祐太の態度に多少びくつきながらも、睦月は「あの……」と、声をかけた。すると、祐太は睦月を見て途端に表情が柔らかくなる。 「すみません。待ちましたか?」  尋ねる声は、いつもの明るい優しいものだった。それを聞いて、睦月はほっとしながら祐太の質問に首を横に振ることで応える。 「オヤジたちの相手は、疲れたでしょ? 出ましょうか」  祐太は、睦月にソファーから立ちあがるよう促した。 「おい、コラ。祐太、お前な──」 「はい、社長。今日の売り上げ」  徳倉が言い咎めようとしたのを遮って、祐太は売上金の入ったバッグを徳倉に投げてよこした。立ち上がる睦月の肩にさりげなく腕をまわして、事務所を出ようとすると、 「祐太くん。今日の業務報告書は?」  今度は、潮崎が冷ややかな声で聞いてきた。その声の迫力に気圧されて、睦月は潮崎の方を振り返ることができない。 「そんなの、月曜日の朝にやりますよ」 「だめでしょう? その日の業務内容は、その日のうちに報告書に書いてもらわないと」  穏やかそうに聞こえるが、どこかぞっとするような冷徹な口調で潮崎はなおも言い募る。  祐太は、わざとらしく大きなため息を吐いてみせた。 「あのさあ。俺、今日は朝6時から吉田さんちの犬の散歩、それから竹中さんちの倉庫の掃除、午後からは鈴木さんの会社の配送の手伝いに、最後はまた吉田さんちに戻って夕方の犬の散歩で、朝からずっと働きづめなの! 超過勤務もいいとこだよ」  時計は、もうすぐ夕方の6時を指そうとしていた。 「そうですか。そんなに働きづめなら、かなり疲れているんでしょうね。映画なんか見たら、すぐ眠ってしまうのではないですか?」  抑揚のない声で、潮崎がそう言った。オヤジと言われたうえに、祐太に反抗されて完全に機嫌を悪くしたらしい。 「映画?」  潮崎の言葉に、怪訝そうな表情を見せる祐太に、睦月があわてて言った。 「あ、あのさ。『ラストミッション』の試写会のチケット、もらったんだ」 「え? マジで!?」  祐太がパッと明るい表情になる。

ともだちにシェアしよう!