14 / 61

第13話

 ふらり、とレイレスの足が巨大な鴉に近付く。  手を伸ばせば届く。  赤い滴り。  指に絡みつく赤。  唇に指先をそっと。  その舌に、絡めようとして。 「…っ…つ…!」  不意に、ドクリと胸の傷が痛んだ。 「…な、に…?」  我に帰れば、真っ赤に染まった指先が目前に迫っていた。 「お…れは…」 (まさか)  吸血の兆候が現れたというのか。  汚れた指先を乱雑に拭う。 (まさか)  違う、と焦り出す自分に追い打ちをかけるように脈が走りだす。  だが、確かにいま、自分がしようとしていたのは。  この鴉の流す、赤い誘惑が。 「違う…!」  後退る自分を見つめる鴉が鳴き叫ぶ。  否定するその思考を、否定されたような錯覚に陥る。  ワタシノ血ヲクチニ。 「違う!!」  振り向きざま、レイレスは走った。  樹々は深く、月光は瞬く間に遮られた。 「ギ…ッ!」  背後で、鴉の叫び声が一瞬響いた。 「…?」  あの出血で、最期の声をあげたのか。  あれだけの出血で死ぬものなのか。  それとも。  何者かが。 「だ…誰か、いるのか…?」  辺りは耳が痛いほどの静寂と、闇。  何の気配もない。  誰何に応えるはずもなく。  後退りすれば、踵が木立の根にあたる。  不意にポツリと何かが頬に滴った。 「な…」  何だ、と指で拭おうとした瞬間。  音もなく、目前にそれは現れた。  巨大な影。

ともだちにシェアしよう!