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第14話

レイレスは息を飲んだ。  闇に、薄っすらと何かが見えた。  銀の髪だ。  そして、同じ色の双眸が、こちらを見下ろしていた。  男。  鋭い銀の瞳で、レイレスを覗きこんでいる。  既に逃げることは不可能。  逞しく長い腕が、レイレスの身体を木に押し付けていた。 「な…」  人がいるなど。  いや、これは人なのか。 「ギ…ギギ…」  傍らから、聞き覚えのある声が響いた。 「…ぁ…、おまえ…」  男の片腕には、力なくだらりと翼を垂れた先ほどの鴉が捕らえられていた。 「これはお前の鴉か」  男の低い声音が、レイレスの肩を揺らす。 「答えろ。お前の鴉か」  レイレスは喉に冷たい空気を感じた。 「ち…違う…」  一言、答えるのに精一杯だった。  男は、レイレスの答えを聞くなり、軽々と巨大な鴉を放り投げた。その空いた腕を再びレイレスの元へ寄せる。  瞬間、痺れるような痛みが胸元に走り、咄嗟にレイレスは男の腕を振り払おうとした。  斬られた胸の傷が開いたようだった。ポツリポツリと次々に雨のような音を立てて血が溢れた。 「…っ…はな…せ…!」  視野が眩んだ。喉の渇きも更に増していく。  男は銀の双眸を僅かに見開き、力を失いつつあるレイレスを再び木に押し付けた。 「あ…う…!」  背を打ち付けた痛みと、胸の傷の痛みでレイレスは大きく身体を反らせた。そのまま、男の胸の中に倒れ込んだ。  何かが、唇に触れるのをレイレスは感じた。  薄れる意識の中、そっと瞳を開くと銀の瞳が目前にあった。 「…!」  気づいたのも遅く、強引に男の舌がレイレスの唇と歯を割って入り込む。 「ん…ぐ…っ」  明らかに大差のある体躯を押し返そうとするが、叶わない。 「…ぁ、…ん…」  僅かに息を求めて離した唇に、男は更に唇を重ねた。 「…!」  何か、甘いものが口いっぱいに溢れた。  それは、飢えとも乾きにも似たレイレスの喉を潤した。  ゴクリ、と音を立ててレイレスはそれを飲み込んだ。その正体が何であるかはどうでも良かった。  男の唇がそっと離れた。レイレスは力なく再び瞳を開くと、男が口元を乱雑に拭うのが見えた。  男の手がレイレスの顎を上向けた。 「い…、まのは…」  何だったんだ。  レイレスが問いかけると、男は驚いたように目を見開き、レイレスを地に離した。 「…!」  簡単に、糸の切れた操り人形のようにレイレスは倒れた。  だが、体中に響いていた痛みは、全くなくなっていた。  何故。  この男は自分に、何をしたのか。    問いかけることもできない。  泥の沼に沈むように、重い眠気が、レイレスの思考を失わせていく。  昏い闇に、再びレイレスは堕ちた。

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