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第36話

「誰だ」    振り向けば、夕刻、レイレスを見ていた、濃い金の髪をした男が立っていた。 「わたくしをお忘れですか」  そう言って、近づく男の瞳は闇の中で青く輝いている。 「この、二つの心臓の、わたしを」 「二つの心臓…?」    レイレスは、男が近づく都度、後ろへ下がる。  爛々と輝く青い瞳が、妙だった。 「そんなもの、俺は知らない」  男は首を振り、更に近づく。 「ああ、きっと、長い眠りの中でお忘れになったに違いない」 「何を言っている?」  言っていることも、全く噛み合わない。  「眠り?」  男は頷く。 「あの、裏切り者に刺された傷はもう癒えましたか。その屈辱、忘れてはなりません」  岸まで着いたところで、男は片膝を着き、頭を下げた。 「わたくしは、この時を待っていました。きっと、あなたは死なない。また神のように現れ、わたくしに必ず、再びその血を与えてくれると、信じておりました」  男は、顔を下げたまま一息に語る。  その中身が、何のことか、誰に対する言葉であるのか、レイレスには分からなかった。 「あんた、確か、夕刻に俺を見ていたろう」  見て、目が合うなり避けるように歩み去った。 「…はい。疾る気持ちを抑えられず、申し訳ありません」  そう言って、男が示すのは服従の姿勢。  レイレスは、静かに男へと歩み寄っていた。 「…レグニス様」  思わぬ名を呼ばれ、レイレスは歩みを止める。  確か、その名は。  男が顔を上げると、その目は紅に輝き、歪んでいた。  「!」  驚いたレイレスは身を翻すが、素早い動きでその手を何時の間にか捕らわれていた。  しまった、と思ったときにはその身体の下に、組み敷かれていた。

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