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第45話
だが、妙だ。
なぜ、繋がれた者だけを、歩かせているのか。
まるで、見せしめのように。
木陰の合間に、木漏れ日が陰るのを、レイレスは見た。
見上げれば、円を描く、鳥の影が、日差しの合間に見えた。
「あの…烏は…」
ディーグが、同じように空を見上げ舌打つ。
「もう、見つかってるってことか」
男たちが、剣に手をかけ、辺りを見渡した。
木陰だと思っていた黒い塊が動いたのは、その時だった。
「随分待たされたな」
男の声が響く。
どこかで聞いた声だと、レイレスは思い出していた。
確か、それは。
声の方へ振り返れば、黒髪を一つに結び垂らした男が立っていた。
白い肌が、特徴的な。
黒い双眸が、笑みを浮かべ細められる。
「お前は…確か」
レイレスは、黒い髪をした男を見た。
男は唇を釣り上げ、笑う。
そして、感心したようにレイレスを見た。
「生きていていたか、小僧。それに、ほう、懐かしい顔だな」
「なに…」
それは己の背後に向けられた言葉であることを、レイレスは察した。
チッ、と舌打つのが聞こえた。
「俺は別に懐かしくもなんともないぜ、参謀さんよ」
ディーグは、唾を吐きつつ、悪態を吐くように告げた。だが、それに何の興味もないかのように男は笑う。
「お前は相変わらずだな、…それはそうと、お前の大切な半獣はどうした」
「半獣…?」
レイレスは、バルが何を言っているのか理解できるはずもなく、だが、ディーグが、ピクリと身を震わせた瞬間を見逃さなかった。
ディーグが腰の剣に、手を掛ける。
「もう一度、言ってみろ、この犬が」
「私が犬ならば、お前はただの獣だ。なあ、ディーグよ」
バルが、身を引くように引き下がる。
「待て!逃がすか…っ」
ディーグが地を蹴る。
一気に間合いを詰め、斬り掛かった瞬間。
バルの背後から、黒い腕が伸びた。
「ぐ…ッ」
音も無く、ディーグの剣を正面から掴み上げた手が、伸びていた。
「ち…バケモンが…」
ディーグは歯を食いしばり、地を踏み固める。
両者とも譲らず、剣一本に力が拮抗していた。
バルは喉を鳴らして更に笑う。
「もう一度問おうか。お前の大切な半獣はどこにいる」
ディーグは、ちらりとレイレスを見た。
「知らねえよ…!」
吐き捨てるように言い放つと、剣を手放し、地を蹴った。
ディーグの拳が、バルの顔面を捕らえた瞬間。
脇から伸びた影が、ディーグを地に押さえつけていた。
「ぐ…っ」
僅かに、ディーグは呻いた。
「ディーグ…!」
駆け寄ろうとするレイレスを、男は制止する。
「まあ、こいつを殺すこともない。慌てるな。それよりも、飽きた。…そろそろ、宴の時間だ」
「宴…?」
レイレスは、男の冷笑に心臓を掴まれたような錯覚を覚えた。
「ベリル。そいつはもういい」
ディーグをあっさりと放したその影は、驚くほどの速さで動き始めた。
闇の塊が蠢くように、見る間に地を這っていく。
レイレスはディーグの元へ駆け寄る。
「ディーグ、大丈夫か」
「く…っ」
僅かに震えるようにディーグが顔を上げる。
唇を噛み、拳で地面を殴りつけた。
「…ここまでかよ…っ」
「ディーグ…?」
ディーグは地に伏せ、震えていた。
「…宴を、始めようか」
男が囁くのが先か。
ディーグが、その名を絶叫した。
「エィウルス……!」
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