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第46話

 それは蠢く闇が、連れ立つ捕虜となった男達へと近付いた瞬間だった。  血を吹き出して、首を失った者が、一人、二人と、倒れるのが見えた。  それまで力無く歩んでいた者たちが、一斉に散り、逃げ出す。  影がそれを追い、その後には赤い霧のように血が舞った。 「やめろ…!」  駆け出そうとするレイレスを、起き上がったディーグが押し止める。 「待て…!」 「ディーグ、どういう…」 「行くな…!もう、遅い…」  その顔には、諦めが深く滲んでいた。 「遅くはない!何を…放せ!」  腰に重く抱きついたディーグを離そうと、レイレスは藻掻いた。 「はな…!」  レイレスはしがみつくディーグを引き離すことが出来ず再び惨状に目を向けると、事態は変わっていた。  影が、逃げ惑う者たちを追うこともせず、動きを止めていた。   「…!?」  何が起きているのか、何の目的があるのか、レイレスには理解できなかった。  ただ、あの影が動かない今、助けることができるに違いはなかった。 「ディーグ、行かせてくれ…!」 「駄目だ…行くな…エィウルス…」  エィウルス、と小さく言葉を紡ぐのを、レイレスは聞いた。 「……」  そのまま沈黙したディーグは、目を伏せていた。 「…え…、なぜ…?」  その顔を見たレイレスは、その思意を掴めなかった。  ただ、目を伏せるディーグを、固唾を飲んで見た。 「ディー…」  言いかけた瞬間。  人のものとは違う、獣の、四つ足の足音をレイレスは聞いた。 「…?…ぁっ!」  何かが来る。そう思った瞬間、ディーグによって、レイレスは地面に転がされていた。  そして同時に、獣が空を飛ぶように目の前を駆けていくのを目の当たりにした。  銀の狼。  それは、レイレスを遥かに凌駕する巨体。  地を蹴り、瞬く間に死屍の転がった地へと疾走していく。 「エィウルス…!」  レイレスを抱きかかえたディーグが、何故かその名を口にした。 「なに…、今の…は…」  胸が、締め付けられるように鼓動が撥ねる。  起き上がると、その獣を目で追った。疾いその動きは、瞬く間に逃げ惑う男達の間に割り込んでいく。  その首を噛み、引き倒す。  抵抗する間を与えず、噛まれた者が絶命するのが遠目にも分かった。  首が飛び、腕がちぎれ飛ぶ。  白銀の毛並みが、紅く血に濡れ、その色を変えていく。  喰うための狩りでは無い。  血に飢えた獣が殺戮を求め繰り返す様が、広がっていた。  幻朧の者には目を繰れず、狙われるのは、レイレスの臣下。  吸血の者たちだった。

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