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第49話
白い闇をただ照らす月を、ディーグは探していた。
外を知る唯一の窓は、高く、地下牢に封鎖された身ではそれを見つけることなど出来るはずも、望むことさえできなかった。
連れ去られたレイレスが何処にいるのか、人へと戻ったエィウルスが何をしているのか、知る由もなかった。
レイレスに襲いかかったエィウルスに、確かに剣を突き刺した。
心臓を間違いなく穿たれたエィウルスは、血を吐きながら人へと変化したのだ。
生きているのか、そうでないのか、囚われた己には知る術がない。
それよりも、再び狂乱の中に身を置くしか無い己の運命を呪うしか無かった。
『幻朧』の城。
元は、吸血の民が支配していた城跡のようだった。
連れ込まれる際に見た印象としては、まだ使われていたものを強奪し、そこを占拠したような有様だった。
レイレスの住まう城が何処にあるのか知らないが、見た様子では王族として住んでいた者たちはとっくに殺され、不在のようだった。
漆黒の闇に、ディーグは目を凝らした。
何者かの足音が耳に触れた気がした。
地下牢は、時折何処かで落ちる水音がする。それ意外鼠の気配すら無かった。
「誰だ」
闇に、呼びかける。
誰何の声は、闇に吸い込まれた。
ぼうっと、光が現れた。
小さな蝋燭の明かりは、ディーグの目に刺さるように揺らめいた。
白い肌。
長い黒髪。
大きな群青の瞳に、小さな唇。
その姿には見覚えがあった。
「レグニス…」
なぜその名で呼ばれるのか、レイレスには分からなかった。
「そんなに似ているのか?…俺は」
血に狂ったウルボス。
なぜ現れたのかと問うエィウルス。
二人共、間違いなく己をその名で呼んでいた。
「…レイレス…か?」
ディーグは、驚いた様子でレイレスを見ていた。
「…そうだ。他に誰がいる」
「…はは、そうだよな。あいつは死んだ」
乾いた笑いを、その手で覆って、ディーグは下を向く。
「死んだ?」
レイレスは、聞き間違いかと、耳を疑った。
「そうだ。俺が、殺した」
「な、ぜ…」
何故か鼓動が撥ねる。
触れてはならないことに、触れてしまった。
「なぜかだと?」
ディーグが、顔を上げる。
その青の瞳は、鋭くレイレスを見た。
「お前はあいつをどう思う。レイレス」
「あいつ?}
「お前の同族を皆殺しにした、獣をだよ」
エィウルスの事を言っているのは間違いなかった。
だが、それを今問われることが、なぜレグニスの死に関わるのか。
レイレスは沈黙した。
「答えねぇか。…当然だな」
何が、当然なのか、レイレスにも心当たりが無いと言えば嘘になった。
「俺がおまえだったら、怒りで殺してるよ」
それが答えのようだった。
怒りで殺した。
だが、何の怒りなのか。
「怒りごときで殺されたのか?レグニスは」
ディーグの頬がぴくりと引き攣る。
「なんだと?」
「少なくとも、お前は嫉妬で殺したんだろう。そのレグニスを」
「嫉妬…だと」
それは怒りではない。
奪われた者に対する嫉妬。
「少なくとも、レグニスとあの二人は関係を持っていた。それが、あの二人を変えた原因なんだろう。それを殺す名目にして、お前は殺したんだ。…それが嫉妬であることを隠して」
「…!!」
「俺を、殺したいんだろう。ディーグ」
レイレスは、静かに口にした。
「俺が、あの二人の記憶からレグニスを蘇らせた。…俺は、肉体を持った亡霊だ」
「亡霊…ね、その亡霊に何が出来る」
ディーグは腰掛けていた床から立ち上がる。
レイレスは鉄格子に蝋燭を向け、近寄った。
「エィウルスは俺には牙を向くことは無い。逆を返せば、俺があいつを意のままにすることだってできる。…ディーグ、あんたは必要ないんだ」
群青の瞳が、金に変わる。
引き攣った表情で、ディーグはそれを見た。
「…それは、脅しか?それとも、命乞いか?」
「そんなもの、俺には必要ない。俺はもう、死ぬことは無いのだから」
「なに」
レイレスは、ブラウスの胸元を開く。
「おい…お前…」
顕になった胸元に、舞い踊る骸骨と月の模様。
鮮やかな刺青が彫られていた。
「俺は、もう死ぬことがないそうだ。永遠にこの姿のまま、『幻朧』として生きる。吸血の血に狂うエィウルスと共に、この世界を支配する」
その小さな唇が、笑みを浮かべる。
「…永遠に」
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