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第50話
ディーグは、鉄格子の前で呆然とレイレスを見ていた。が、その手に掴まれた剣を見るなり顔を落とした。
「…ざけんな…」
「…その鉄格子の中で、お前は力無く見ていればいい」
レイレスは鉄格子の傍まで寄り、それを撫でた。
「ざけんな…!」
「!!」
一声叫ぶと、ディーグはレイレスの手から剣を奪う。
バランスを崩したレイレスは蝋燭を落とす。蝋燭は、弱く消えていく。
「…そうだ、確かに俺は嫉妬で奴を殺したかもしれない」
剣を奪ったディーグは鍵目掛けて剣を振り落とす。
火花を散らし、鍵は呆気無く壊れた。
「だが、俺は何も指を咥えて見ていたワケじゃない。まだ救えるはずだと、それに賭けて奴を殺した。お前は何も知らない。ただの亡霊の分際で、俺達の中に入って来れると思うなよ…!」
レイレスは、静かにもう一本の剣を鞘から引き抜く。
「ち…エィウルスの剣を…」
ディーグは舌打つ。
腰元からつま先まで伸びる長剣を、レイレスは軽々と目の前に翳した。
「…面白い。この俺に、死を賭けて挑むか」
「望むところだ。亡霊だろうが、殺してやる」
言い様、ディーグは先手を切った。
風がレイレスの横を擦り抜ける。
レイレスは庇うことなく、ディーグの切先を見つめるままだった。
レイレスの頬に、紅い一筋の線が奔る。
「…どこを狙っている?」
レイレスは頬を拭う。指が血を払うと、傷は癒え白い頬に戻っていた。
「これが不死の力か…」
感慨深げにレイレスは指を見る。
そして微笑を溢した。
「痛みさえ、失うとは…!」
レイレスは動いた。
ディーグが顔面を剣で庇う。その目の前に、レイレスが斬り付ける。ディーグは切り結んだ刃で押し払うと、回り込んだその背後でレイレスは剣を斬り上げた。
疾い。
ディーグは、かつて剣を交じ合わせたその姿を思い出していた。
間違いない。
レグニスと、全く同じ剣を持ち合わせている。
疾さも、力も、細腕から出されるとは到底思えない。
「どうした…?俺を殺すんじゃなかったのか…?」
レイレスはディーグの剣に次々に刃を当てると、壁際へと追い詰める。
後に退けぬほど追い詰められたディーグは、レイレスの切先を捉え己の心臓を狙うその動きを見つめた。
隙がある。
レイレスは気付いていない隙が。
「うるせえ…黙って死んでろこの亡霊が…!」
レイレスの心臓に、ディーグは剣を伸ばしていた。
取った。
そう思った瞬間、レイレスが影のように消える。
悲しげに微笑を浮かべたその美しい顔が、透ける様に消失した。
「な…!」
獲物を失くした切先が宙を斬る。
その瞬間、衝撃と共に右腕に痛みが奔った。
「ぐ…ぁああああっ」
声を上げ、押さえたはずのその右腕が、無い。
音を立て落ちたのは、己の右腕だった。
「な…なぜ…っ、なぜだ…ぁああああ!」
膝を折り、地に伏せる。
絶叫が闇に吸い込まれるように消えていく。
みれば目の前に、細い影が立っていた。
「畜生…っ、ちく…しょう…っ!」
睨み上げれば、先程とは違う顔色のレイレスが静かに見下ろしていた。
「お前は死んだ」
小さな唇が静かに告げる。
「獣であるお前は、今この時、死んだ」
「なんだ…と?」
レイレスの表情は、強張り、笑みなど消えていた。
「エィウルスはお前に任せる。必ずお前の元へ、戻そう…」
切り落としたその腕を拾い、レイレスは踵を返す。
「…おい!どういうことだ…!」
呼びかければ、ちらりと金の瞳が振り返る。
「…お前の腕、貰い受ける。三本の足で追うなどとは、考えるなよ」
獣であるお前は、死んだ。
三本の足。
「…畜生…!そういうつもりかよ…!」
石の回廊を、拳で殴りつける。
「かっこつけやがって…!」
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