51 / 61

第50話

 ディーグは、鉄格子の前で呆然とレイレスを見ていた。が、その手に掴まれた剣を見るなり顔を落とした。 「…ざけんな…」 「…その鉄格子の中で、お前は力無く見ていればいい」  レイレスは鉄格子の傍まで寄り、それを撫でた。  「ざけんな…!」 「!!」  一声叫ぶと、ディーグはレイレスの手から剣を奪う。  バランスを崩したレイレスは蝋燭を落とす。蝋燭は、弱く消えていく。 「…そうだ、確かに俺は嫉妬で奴を殺したかもしれない」  剣を奪ったディーグは鍵目掛けて剣を振り落とす。  火花を散らし、鍵は呆気無く壊れた。 「だが、俺は何も指を咥えて見ていたワケじゃない。まだ救えるはずだと、それに賭けて奴を殺した。お前は何も知らない。ただの亡霊の分際で、俺達の中に入って来れると思うなよ…!」  レイレスは、静かにもう一本の剣を鞘から引き抜く。 「ち…エィウルスの剣を…」  ディーグは舌打つ。  腰元からつま先まで伸びる長剣を、レイレスは軽々と目の前に翳した。 「…面白い。この俺に、死を賭けて挑むか」 「望むところだ。亡霊だろうが、殺してやる」  言い様、ディーグは先手を切った。  風がレイレスの横を擦り抜ける。  レイレスは庇うことなく、ディーグの切先を見つめるままだった。  レイレスの頬に、紅い一筋の線が奔る。 「…どこを狙っている?」  レイレスは頬を拭う。指が血を払うと、傷は癒え白い頬に戻っていた。 「これが不死の力か…」  感慨深げにレイレスは指を見る。  そして微笑を溢した。 「痛みさえ、失うとは…!」  レイレスは動いた。  ディーグが顔面を剣で庇う。その目の前に、レイレスが斬り付ける。ディーグは切り結んだ刃で押し払うと、回り込んだその背後でレイレスは剣を斬り上げた。  疾い。  ディーグは、かつて剣を交じ合わせたその姿を思い出していた。  間違いない。  レグニスと、全く同じ剣を持ち合わせている。  疾さも、力も、細腕から出されるとは到底思えない。 「どうした…?俺を殺すんじゃなかったのか…?」  レイレスはディーグの剣に次々に刃を当てると、壁際へと追い詰める。  後に退けぬほど追い詰められたディーグは、レイレスの切先を捉え己の心臓を狙うその動きを見つめた。  隙がある。  レイレスは気付いていない隙が。 「うるせえ…黙って死んでろこの亡霊が…!」  レイレスの心臓に、ディーグは剣を伸ばしていた。  取った。  そう思った瞬間、レイレスが影のように消える。  悲しげに微笑を浮かべたその美しい顔が、透ける様に消失した。 「な…!」  獲物を失くした切先が宙を斬る。  その瞬間、衝撃と共に右腕に痛みが奔った。 「ぐ…ぁああああっ」  声を上げ、押さえたはずのその右腕が、無い。  音を立て落ちたのは、己の右腕だった。 「な…なぜ…っ、なぜだ…ぁああああ!」  膝を折り、地に伏せる。  絶叫が闇に吸い込まれるように消えていく。  みれば目の前に、細い影が立っていた。 「畜生…っ、ちく…しょう…っ!」  睨み上げれば、先程とは違う顔色のレイレスが静かに見下ろしていた。 「お前は死んだ」  小さな唇が静かに告げる。 「獣であるお前は、今この時、死んだ」 「なんだ…と?」  レイレスの表情は、強張り、笑みなど消えていた。 「エィウルスはお前に任せる。必ずお前の元へ、戻そう…」  切り落としたその腕を拾い、レイレスは踵を返す。 「…おい!どういうことだ…!」  呼びかければ、ちらりと金の瞳が振り返る。 「…お前の腕、貰い受ける。三本の足で追うなどとは、考えるなよ」  獣であるお前は、死んだ。  三本の足。 「…畜生…!そういうつもりかよ…!」  石の回廊を、拳で殴りつける。 「かっこつけやがって…!」

ともだちにシェアしよう!