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第53話
最後に見たエィウルスの瞳。白銀のはずのそれは青く渦巻いていた。
美しい獣の瞳。
これが最後になることはわかっている。
どちらが生き残るかなど、思案するだけ無駄なことも。
だが、生き残らなければならないのだ。
王として。
この世界を支配するために。
熱い。
左胸に刻まれた証も、触れられた肌も、重ねた唇も。
お前を見つめるこの双眸も。
漆黒の闇の中、木々の合間を抜け、どれほど走ったのか。
背後を顧みれば、静かに古城は立っていた。
明かりはない。
窓という窓は暗く沈み、人気が無い。
この城は確か、一番人間との距離が密接な関係にあったドゥグレクの領地だったはず。
噂では、王族と、人間との間に子供を残したという話があった。
そのドゥグレクが幻朧の支配下に落ちたのだ。
幻朧の手がどれほど伸びたのか把握できないが、己の住まう城は果たして無事だろうか。
すでに落ちたかと、それは恐らく無いだろう。
ファーロに残した言葉。それを信じるしか無かった。
目を瞑ると、銀の髪が揺らいだ。
今は、あの獣と決着をつけなければ。
祖国に、領地に還ることなど、できない。
レイレスは、握った大剣を見つめた。
青い目の嵌め込まれた獣。ウルボスの墓標となった剣と同じ装飾が施されていた。
獣に変わる血族がいるのならば、エィウルスとウルボスは近しいのだろう。
そしてそれは、腕を切り落としたディーグも、同じだろう。
苦悶に満ちた表情のディーグが脳裏に浮かんだ。
恐らく、ディーグはもう獣になることはない。
エィウルスの傍で、彼を守るはずだ。
幻朧の、支配下で。
レイレスは、胸を撫でた。衣服の上からなぞるそこには、消える事のない刻印があった。
死さえ訪れぬ身体。
骸骨が舞い踊るその指先には満月が彫られていた。
痛みさえ失ったこの体は、どうなっていくのか。
幻朧の一員となって、己の祖国を滅ぼすか。
共に寄り添って往くことは恐らく不可能。
空の満月を見上げ、レイレスは腕を伸ばした。
華奢な腕。
白く、少女のような。
なぜだろうか、この胸の刻印を施されるまで、吸血が始まったことが、絶望的であったのに。
それが小さく可笑しいほどに、この胸にはもう残っていない。
目を瞑る。
静かな白の闇に耳を澄ませると、愛しい四つ足の音を探した。
己を殺しにやってくるだろう、エィウルスの駆足を。
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