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第8話

 シャッというカーテンレールの鳴る音で、目が覚めた。  身体全体を包んでいる、よそいきの布団の感触。少し糊の効きすぎたシーツ。家のものとは違う洗剤の匂い。頬にあたる枕の硬さ。  まばたきを二、三回して、ようやく思い出す。  ……保健室のベッドだ。  ひどく追い詰められた気持ちで教室を出て、それから困って、保健室に向かったんだった。  思い切って学校の外へ行けない自分の小心さが情けない。  そっと、布団の中で腕を動かしてシーツの感触を確かめる。……どれぐらい眠っていたんだろう。  背を向けた後ろのほうで、人の気配がした。  保健室の先生が起こしに来たに違いない。しきりのカーテンを開けたのも、多分先生だろう。  僕は顔だけを先生のほうに向けようとした。  その矢先。  布団を被った僕の肩を、遠慮がちに触る手があった。  起きろ、というように、小さくゆすぶられる。  明らかに先生じゃない。  先生なら、何かしら声をかけながら、起こすはず…… 「……渡辺」  聞こえてきた声に、僕は思わず一つ息をついた。  驚いたというよりも、どうしようという気持ちのほうが強かった気がする。  だって、  その声は、  唯一僕が一番知っている声で。  自分の惨めさをわざわざ教えてくれる親切な声でもあったから。  何でこんなところに?  何でこんなところに?  頭の中がぐるぐるして、声を発することもできない。  ああ、きっと。  きっと、これ夢なんだ。  僕はまだ保健室で寝てて、こんな夢を見てる──  僕は目を閉じた。  夢なんだから、寝ていなくちゃならない。起きているのはおかしい。寝るんだ。今すぐ。  必死で寝よう寝ようとしている僕の頭の上で、また声が聞こえた。 「渡辺、寝てんの……?」  揺すぶられる。  夢にしては、やけにリアルだった。  布団越しの彼の手の重みとか。それとなく漂ってくる、彼の気配とか。  夢なんかじゃないってことは、もうはっきりしてた。 「渡辺ったらあ」  拗ねたみたいな言い方になって、よりいっそう大きく揺すぶられた。  僕はついに眠るのを諦めて、肩越しに彼をうかがった。 「あっ、起きた」  彼はそれはとても嬉しそうに、明るい顔になった。  蛍光灯と外からの光で、両耳のピアスがきらっとする。

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