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第6話

「根本的な原因が先天性のものにあるとしても、匠が完全に声が出せなくなってしまったのは、心因的なものが原因だから。ご両親の勧めで、一時期心療内科にも通っていたらしいんだけどね」 匠自身にもう、声を出したいという気持ちがなくなってしまったから、それすらやめてしまったのだ、と立花は言った。 なるほど、と悠は思った。今朝、どこの誰が言ったのかまでは悠にはわからなかったが、「立花も子守が大変だ」と言ったのは、新参者の自分を通して、篠宮をなじっていたのだ。 「じゃあ、今朝やじってたやつが、中学の頃に篠宮をいじめてたってこと?」 いや、と立花は首を振る。匠をいじめてたやつらはお(つむ)が弱いから、Sクラスには入れないよ、と。言い方に少々どころではない棘があるあたり、立花の静かな怒りがうかがえた。 「今朝のやつらって、中等部の頃は俺、それなりに仲良かったんだよ。高等部に上がってからは付き合いがなくなったけど」 自分から誰とも話さなくなったときから人とのかかわりを断ってきた篠宮が、なぜそこまで目の敵にされるのか、立花もわからない、と言った。 「僻みややっかみもあるんだと思うよ。匠は頭がいいし、運動神経だって悪くない。特に、幻術的なセンスには秀でたものがあるし」 話せないだけで、匠自身にも人間的な落ち度はまったくない。 だからこそ、見る人から見れば、ハンデを背負っているくせに自分より上にいるのが許せない、なんていうふうに、見えるのかもしれない。 もちろん、悠に理解できる思考回路ではないけれど。 そんなふうだから、悠も篠宮と仲良くしてやってほしいし、何かあればそのときは、篠宮の味方になってほしい。 懇願に近いような立花のその言い草に、なんだか悠の心も苦しくなるようだった。 「会ったその日にこんな話を、ごめんね。でも、何も聞かずにそのままの匠を受け入れてくれた悠なら、大丈夫だと思ったんだ」 それに匠がすごく懐いてた、あいつすごく人見知りだからとても珍しいことなんだよ、と立花はなんだか嬉しそうだ。立花にとって、篠宮は心底大切な存在なんだろう。その想いにきっと、友情の線引きはない。 なんだい、なんだい。まったく。 春だなあ、なんて、ふと悠は思う。 「承った!っていうか、篠宮のことはもう友達だと思ってるし、言われなくてもそうするつもり。まあ、立花もだけどな」 ありがとう、と立花が言う。 「ああ、それと、俺から聞いたこと、匠が自分から義堂に話すまでは知らないふりをしといてくれないかな」 少しばつが悪そうな立花に、悠は安心させるようにうなずく。 「篠宮のことが心配だったから俺に話してくれた気持ちも、でも、本当なら篠宮が自分のタイミングで言うべきだって思う気持ちも、どっちもわかるから大丈夫。黙ってるから安心しろ」 義堂、ちょっと、いいやつすぎるよ。 は?何言ってんだ。 そんなふうにじゃれ合いながら、2人はいよいよ閑散としてきた学食を後にする。立花の顔は、さっきまでとは打って変わって、どこか晴れやかだ。

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