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第1話②

 眩しい日差しに目を覚ます。  ベットから起き上がったのはサラサラな金髪、肌は色白の少年だった。  目は赤く。珍しいのは耳が尖がっており、本にあるような悪魔の尻尾が生えている事だろうか ――だが、可笑しくはない。  何故なら この世界はルシファーが収める魔界なのだ―― 「……夢、じゃない」  声変わりをしてない鈴を鳴らすような声で悲しそうに呟けば、聞きなれない声帯と姿に幻滅をする。そして、自分の身に起きた事実を受け入れて、零れてきた涙を腕でぬぐうた。  昨日は 少年にとって初めての体験だった。  いや、行為事態は初めてではないが、抱かれる側に回されるのは今回が最初だ。女を扱う様な優しい手の動かし方に、魅入られつつ落ちてしまった事に恐怖を感じていた。 「……」  横には、服が置いてある。サイズは今の姿にちょうど良いみたいだ。  さすが魔法使いと言えるのだろう。服を着て、慣れない目線に戸惑いつつ歩き出す。  外から見た時は古そうな家に見えたが、家の中は案外広くて、客室がなん部屋か存在するのが分かる。彼が寝かされていた部屋も、その一つなのだろう。 「やっと起きましたね」  そう声をかけてきたのは、長髪の男性だった。  見た目は女性に見えなくも無い美しい男―― 薄茶色の髪の色が、太陽の光を反射して綺麗に輝いていた。  優しく微笑む男に戸惑って目をそらした。それを見た男は、彼に近寄って目線を合わせるように膝を付くと、手で少年の顔を自分に向かせる。 「おはよう“ルゥ”。挨拶は顔を見て言いなさい」 「……今…なん、て」  聞きなれない名前に、目を点にする少年。 「あなたは、今日からルゥと名乗りなさい。私の使役夢魔です」 「お、俺は夢魔じゃない! 魔王(ルシファー)、末の息子ル――」  最後まで言わせないかのように、肩を掴まれたまま壁に押し付けられた。 「い……ッ」 「悪い口ですね。昨日は、あんなに色々教えて上げたのに。それとも、今日も一から教えて欲しいのでしょうか?」  昨日の事を思い出したルゥと呼ばれた少年は、すくみあがり怯えあがった。  男はそのまま耳元に口を持っていくと囁く。 「ちゃんと教えたでしょ。貴方のアソコを愛しながら、自分の事はと、私の事はと呼ぶように、と」  肩から手を離されると、崩れる様に壁に背中を付けた。 「あなたは私の『使役』なのですから」  使役の夢魔となったからには、敬え……男は言う。  だが、納得がいく訳がない――前までの生活を“捨てろ”と言われているようなものだ。 「好き勝手言いやがって……ぶっっ殺す!!」  今の姿がどうあれ、ルシファーの息子だ。力だって周りの奴より上、あの時は油断してあんな事になったんだと思っているルゥは、全てのエネルギーを使って相手へ殴りかかった。 ガッ  男は平然とその拳を受け止めると、そのまま腕を掴んで床に叩き伏せた。 「ぐ、ぁ……ッ」 「申し訳ありませんが、あなたの力を私が。今は、ただの『子供』に過ぎません」  清々しいほどの笑みを浮かべ、ルゥにとって恐ろしい事を平然と言ってのける。 (…力が出せない?) 「さぁ、これで満足しましたか?そろそろ、食事にしましょう」 「…………」  力を押さえつけられては、何も出来ない。  それに、この姿では親の元へ助けを求めたとしても、誰が信じてくれよう。門前払いも良い所。信じてもらったとしても、今までの行為……笑われ者になるだけだ。  不安そうなルゥを見て、シフォンは微笑みながら言った。 「今日は、私が用意しましたが、明日からはあなたの仕事です。家の家事を任せます」 「……」 「料理出来ないでしょうから覚えて下さい。もちろん洗濯や色々とやる事ありますからね」  不服そうな顔でそっぽを向く。  昨日の今日で、はいっと返事できるほど出来たヤツではない――だけど、どんなに酷い事をされてもお腹は空く物、用意された食事を口にした。  食べながら思い出すは、昨日の事。相手の顔を見ると思い出してしまう。  体を愛撫され、嫌がるのに対し押さえつけられ  そして、相手のが自分の中を侵食してくる―― 『ゆっくりと、私に身を委ねなさい――』  昨日の事を考えて、お尻がムズッとしてしまう。 (あれを思い出す…なん、て)  シフォンと目が合うと、見透かされた気持ちになって頬を赤く染めながら慌てて目を逸らす。そんな顔を見た男は、楽しそうに笑う。 「さぁ、食事をすませたら私は街へいきます。貴方も支度なさい」 「え……!」  あまり気が向かなかった。  それは自分がする事を街の魔族の若者とコウが知ってる。帰ってくるのを待っている。もし出会ってしまったら何を言われるか分かったものじゃない。この姿、今と違うとしてもばれないとは限らない。  そんなルゥをシフォンは叱る 「返事は?」 「……は、はい!」 「では、支度をしましょう」 (つい、返事しちゃったよ……。別にビビッてる、わけじゃ)  着替えをすませたシフォンは、買い物の用のカゴをルゥに手渡し、二人は家を後にする。森を歩いていると、色々と落ちていた。キノコ、薬草になるハーブなど、彼にとって新鮮なモノを見せてくれる。 「――それと薬としても調合できますね。こちらの草は…」 (……へぇ)  今後は、一人で買い物へ行くときに通るルートを歩かせながら拾ってくるものを教える。その材料は、シフォンが仕事で使うモノらしい。  昨日と違い優しい一面を見せ付けられると、あんな目にあったのに憎めない気持ちにさせられる。それどころか…… 「さぁ、そろそろ街が見えますよ。はぐれない様に」  光が陰る薄暗い森を抜けると眩しい光に一瞬目を瞑った。  そしてそこには、知っているが見慣れない町並みが広がっていた。  今の姿は前より小さい。150㎝もみたないかもしれない。全てが大きく歩く人も皆大きく感じてしまう。手に持っているカゴをぎゅっと握り締めながら、シフォンに促されるまま一緒に街へと歩いていった。  彼にとっての一番の恐怖、誰かに自分がバレる事 「よう!」 「――!」  聞こえた声にビックリしたルゥは、慌ててシフォンの後ろへ隠れてしまう。  現れたのは、コウが率いる魔族の若者達だった。  まさか来た早々一番会いたくない相手に出会ってしまうなんて、運が悪いとしか言いようがない。  だがコウは、誰かがやってくるのをずっと付近で待っていた。  泡を吹かせられる相手が顔を出す事を昨日から―― 「こんにちは皆さん。ゾロゾロとお揃いで」 「どうも“魔法使い”さん。ちょっと聞きたい事があって」 「おや?」  コウは、すぐ本題に入る。 「昨日、誰か尋ねなかったですか?生意気なやつなんだけど…」  その言葉にドキッとしたルゥ。だがシフォンは平然とこう答えた。 「知りませんね。誰も尋ねになんて来てませんよ」 「……“誰も”ですか」  信じていないと言う表情で聞き返す。そして隠れていたルゥに気が付いて目が合えば、少年は心臓の音が耳元で聞こえるほど、大きく鳴るのを感じた。 (目が合った。ばれた?どうする……逃げるか?)  不安そうな顔をするルゥを見たコウは、さらに尋ねた。 「その子、どうしたんです?」 「昨日つれて来た新しい使役の子です。ルゥ、挨拶を」  言われながら、隠れているルゥの尻を軽くポンと叩いて促される。  最初はバレてるのではないかという恐怖で、顔が見れなかった。ゆっくりと自分より大きい魔族達を一瞥した後、言葉を詰まらせてしまう。  それに対し、シフォンがもう一回背中を軽くポンと押す。 「は、初めまして。る、ルゥ………です」  とにかく隠すのだ、全てを――魔法使いの言われた通りにしたい訳じゃない、今はプライドなど捨ててしまえ。 ――バレタクナイ  他の魔族の青年は、可愛いと言葉にしながらマジマジ眺めてくるなか、コウだけは冷たい視線で見ているのが分かる。それが耐えられない。逃げるようにシフォンの後ろへと隠れてしまう。 「照れ屋なんですね」と、他の魔族の青年は言うとシフォンも「ええ」と頷いた。  コウの存在は大きく感じる。元、同じ目線の相手に見下ろされるのがとても情けなく、恥ずかしくて、恐ろしい。  屈辱と言うのだろうか……考えてしまうと、涙が出そうになってくる。  すると、誰かの顔が自分の目に飛び込んだ。 「こんにちは」  わざわざ同じ目線になって挨拶してきたのは、薄茶色のサラっとした髪が特徴のルゥより大きな少年。違う所があるとするならば、可愛いというより、綺麗なタイプであろう。見た感じから、今の自分と同じ夢魔だ。  彼より小さいルゥは、後ろめたさで更にシフォンの後ろへと身を潜める。 (今日は、なんなんだ……!)  それは昨日、最後に“食”したコウの相方パートナー名を――― 「俺、ノエルって言うよ。宜しくね」 「……よ、宜しく……お願い、します」  とってつける様な片言な敬語にクスっと楽しそうに笑うノエル。  優しく頭を撫でると、シフォンに挨拶をする為に立ち上がった。 「こんにちは、。コウがどっかに行ったから探してたんですよ」 「こんにちは。貴方の相方は、私の夢魔にご執心みたいですよ。浮気されないように」  いたずらっぽく言う相手に、またまた~って態度をとるコウ。 「そういえば、シフォン様に頼みたい事があるんです」 「おや」  思い出したかのように、ノエルは話し始める。二人は話に集中する為に、皆が集まる場所から離れ始める。慌てて付いて行こうとするルゥの腕を誰かが、引きとめた。 「――!」 「せっかくだから、俺たちと話をしようぜ」  表情に出さないように、小さく頷く。シフォンを見ると、少し離れた所でノエルとお話をしているのが見える。 「昨日から使役になったんだって?」 「え……は、はい」 「どう?魔法使いって優しい?」 「え、優しい……です。今日も色々と教えてもらって」  色々、間違ってはいない。ただコウは、相手の少年がボロを出さないか舐める様に見てくるのが、怖かった。  コウには、彼があいつであるという確信があった。  絶対にあそこへ顔を出しているはず、森の中の家は1つ。他はない。  それに、髪や姿が変わっていても、変わっていない鮮血な目は、あいつを思わせた。  もう一つは、彼の性質である『魅了』にあったそれを纏えるのは、数が少ない。この世界での『魅了』とは所謂“莫大な魔力”みたいなものだ。  それを上手く使いこなせるものは、次のになる資格があると囁かれるほどだ。  悪魔にとっては美味。それを味わったものは、誰であれ魅了されてしまうという。だからコウは考えていた。 「コウ!」  手を振りながらノエルがシフォンと戻ってくる 「あ!お話終わった、んですか?」  とりあえずばれない様にしたいルゥは、使い慣れない敬語を頑張って使う。 「ええ、それじゃ私達はまだ用がありますから、これで」  歩き始めるシフォンを慌ててルゥも付いていく。  まだ疑いを持つコウの視線を体に受けながら……

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