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第2話①
月日が流れ――と言っても一週間ほど経った頃には、料理、洗濯がたどたどしいが出来る様になってきた。
いまだに教えてもらう事もあるのだが、今ではちゃんと使役としてシフォンに使えるくらいには成長しるのではないだろうか。
「良し、と。シフォン――じゃなくて、シフォン様を呼びに行かなきゃな」
少しでも気を抜くと様付けと敬語を忘れてしまうが、呼ぶことに関しては恥は感じなくなっていた。慣れとは恐ろしい――朝食の支度を終えたルゥは、呼びに行く。
ルシファーである父には迷惑をかけ、やんちゃとも言えない荒れた日常。
今では、口が悪かった自分が人へ敬語を使い敬意を表している。何処の誰かと知人に知られた日には……また、あの時の羞恥心を再度味わうハメになるに違いない。だから今は、力も姿も戻る方法が見つかるまで従う―――。
だけど、そう思いつつも、戻れなくても良いのではないかと思う自分がいるのも確かだ。コウからあんな目にあって、どう顔を合わせれば言いのか、あの日以降、彼と会うような事はないが、下町に居辛くなるのは目に見えてる。
そんな気持ちの格闘が毎日行われていた。
そんな色々な事で押しつぶされそうな気持ちをうやむやにするのに、洗濯や買い物は、ルゥにとって都合の良い逃げ道だった。
「ルゥ!」
洗濯物をしていた時、呼ばれてあたりを見渡した。
「こんにちは、洗濯中?」
「!」
それは、ノエルだった。
「こ、こんにちは……」
まさか、ノエルがここに来るとは思っても見なかった。
俯いて相手を見て挨拶を返す。顔がまともに見れない。
「この間はごめんね。うちの相方が迷惑かけちゃったね。ちゃんと言っといたから」
それはバレていないって事なのだろうか
謝って来るノエルを見て、ルゥも思い出したかのように言葉にする。
「あ、この前は……助けてくれて、有難う…ございました。シフォン様に、聞いて御礼言わないと、思ってて」
言葉遣いに慣れてきていたつもりでも、緊張でカタコトな敬語になってしまうルゥを クスリと笑うノエル。
「ふふ、ありがとう。あの後コウも反省したから、安心してね」
「……はい、あのシフォン様に用事ですか?」
まさか、今は“関係”もないルゥに用事な訳が……
「今日はルゥに会いに来た」
用事があったようだ。戸惑う少年にノエルは言う。
「そんなにビクつかないでよ。お友達になろうと思ってさ」
屈託無い笑顔を向けて来る。もし正体が分かっているのならコウのように、仕返しでも何でもして来るはずだ。今のルゥは何も出来ないのだから。
「それで、この後どうするの?」
そう言われてふと、考えてた気持ちが我に返る。
「え、えと…買い物……」
「下町行くの?じゃ、俺も行く」
(……俺の気にしすぎ、だったかな…)
そう思ったルゥは、シフォンに出かける事を伝えると残し、部屋へ戻って行った。それを見送ったノエルは呟くように独り言を呟く。
「コウに気が付かせる訳にはいかないからね。俺だって仕返しをしたいから…自分の手で、さ」
シフォンは自室で何かの調べ物をしているのか、資料などを手に窓辺を背に寄りかかりながら、立っていた。
「シフォン……様。今、ノエルさんが来て――買い物、一緒に行ってきますね」
「ノエルですか……。ふむ」
その名前に少し考える様に目をそらした。が、そんな仕草を見せたもののすぐ承諾した。
「良いでしょう…。そうでした、今日はこれを買ってらっしゃい」
そういって、何かを書いたメモを渡した。
ルゥは材料を買ってきて、シフォンに定期的に料理を教えてもらっている。だが、今日は珍しく知らない材料が書かれたメモを手渡された。
材料のメモを受け取って頭を下げると、その場を後にした。
「……まぁ、ノエルなら大丈夫でしょう。悪いようにはされない筈ですから」
ふとそんな言葉を漏らすシフォンだった。
カゴを手にルゥは、ノエルと森を歩く。
度々、話を中断して草やキノコを採るが、ノエルは嫌な顔をするどころか感心して覗き込んだ。
「そんな事までするんだね…」
「シフォン、様が使う薬草とかですけど」
そう言いながら少し はにかんだ表情を覗かせる。
ハーブなどに格闘するルゥの背後から話しかけるノエル。
「そう言えばさ。ルゥは自分のエナジーの充電、ちゃんとしてる?」
「え?じゅう、でん?」
不思議そうな顔をノエルに向けた。シフォンから教えてもらった事もない。
夢魔の話だろうけど、ルゥにそんな知識がある訳が無い。もし、知らないって言ったら―― ばれるかもしれない。
「パートナーへ渡すエナジーって無限じゃないんだよね。だから、溜めないといけない。充電というより、貯え蓄 えるに近いかな」
知識なんて無意味だと思って過ごしていた昔の自分が恨めしい。
だからこそ、夢魔を道具みたいにしていたのかもしれない自分を思い知る。
「本当だったら俺も人間界にまで足を運んで、人間から生命の一部を貰うって事をしないといけないらしいけど。コウが許してくれないから“相手”を探してたんだ」
ルゥは、一生懸命に言葉の意味を手繰りする様に理解しようと勤めている。
すると、更にノエルは言った。
「“夢魔”なら知っている事。知らないて訳ないよね?」
意地悪そうに訪ねてくるが、答えられない。
そして、ルゥの正面へやってくると引き寄せた。
体はバランスを崩すも、ノエルが抱きとめる。
「ノエル、さん?」
嫌な予感がよぎった。
「コウに気が付かれなくて良かったね。ルガー?」
顔を強ばらせる相手の反応に、ノエルが楽しそうに笑って言う。
「驚く事ないじゃない?君に何度も食われてるんだ。魅了を近くで感じてる俺が、気が付かないと思ったの?」
コウの時とは違い、完璧にばれたのではないかと言う恐怖が心を刺して離さない。青ざめるルゥの頭を優しく撫でれば、小さな少年の体がビクッと震わせた。
またあの時のように、何かされるのではないかという精神的外傷
「知ってたからこそ、先手を打ってコウに気付かれた時の為の薬をシフォン様に欲しいって、頼んでたんだ」
恐怖がピークに達したルゥは、慌てて相手の腕を振り解き逃げようとつとめるも体格差と力に負け、そのまま草の上へ押し倒されてしまった。
「――っ」
誰も通らない静かな樹海の草むらで仰向けになり、ノエルが怖がっている少年の顔を見下ろしている。
「もう、そんな怖がらないでよ。俺が苛めてるみたいじゃん。ただ、夢魔の勉強を教えてあげようって思ってるだけだよ」
「……ぇ?」
「知ってる?魔族と夢魔だと、夢魔はただの使役にすぎない……。ルガーも知ってる通り、エナジーという補給。だからエナジーを取られすぎると、俺等は死んでしまうんだ。生命が事切れた様に」
その話に、ルゥは悲しそうに顔を背ける。きっとコウ以外の魔族にも、そして夢魔に恨まれているはずだ。
「でも、夢魔同士なら―― それとは違う可能性が出来るんだ」
それを聞いたルゥは、ピクッと反応をしてまた抵抗を始めた。
「夢魔って、魔族にとっては吸い取られる一方なんだけど……」
そして近づいてきた唇が、耳元で囁かれる。
「俺も味わってみたいんだ。魅了きみのことを――」
自分より大きい体格の夢魔。
抵抗も空しく、ノエルは覆いかぶさってくるのだった。
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