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第3話①

 魔界にも『空』というものは存在する。  機械的なモノが存在しないだけで、生活自体は人間界と大して変わらない。  今日の天気は、快晴の良い天気だ。 「ルゥ」  声がした方へと顔を向けた。  抵抗があった名前も、反応が出来るほどになっていた。 「……シフォン様」  名前を『様』付けで呼ぶことに関しても、今じゃつっかえる事も無い。慣れというのは、恐ろしいものである。 「さっきからそうやって空眺めてますよ?」 「え。そう、ですか?」  シフォンがジッと見てくる。この表情は考えが見透かされそうで、つい目を逸らそうとしてしまう。すると、ルゥは手を掴まれて引き寄せられた。ビックリして目を瞑るが、何も衝撃がない。そっとあけて見ると地面に座らされていた。 (な、なんだろ……説教?それとも……)  仕事を忘れて空を眺めていたのに対しての説教か。もしくは、お仕置きか。とビクビクしている少年の隣にシフォンも座ってきた。 「良い天気ですね。お昼寝したい気持ちになります」  そう言われてみると、確かに暖かい風と太陽の日差しが心地良い。 「どうです?この生活始めてから数週間ほど経ちましたけど」  彼の質問にルゥが、戸惑いつつ答えた。 「そ、それなりに……あのシフォン様。ボクは、改心すれ――」 「ないです。あなたは私のモノですから…」  考えを見透かすように言葉を切られてしまうと、言葉に詰まって唇を軽く噛んだ。  だが、逆に“元に戻りたいか”と聞かれた場合。考えてしまう自分が何処かしらある事には、気が付いていた。 (もう少し、悩みながら過ごすのが。俺には合ってるのかもしれないな……)  俯いていたルゥの頭にポンっとシフォンの手の平がのると、そのまま自分に寄せるように頭を撫でてくる。そして、語りかける様に呟いた。 「悪いようにはしません…安心なさい」  少し、ほんの少しだが、嫌な奴と思っていた相手に優しくされてしまうと安心してしまう。酷い目に合わされたり、御仕置きなどしてくるのに、不思議な気持ちになってしまう。  この姿になってから、指折りだが、痛い目に何度かあっている。  大体の理由は見当が付くかもしれないが、そのうちの一つは本人の特殊能力にあった。 “魅了”  カリスマのような魅了。  ルシファーである父が唯一持っていると言われていた能力をルゥも受け継いでいる。その為、持て余しているルゥは兄達に疎まれていた。  だけどこの魅了のおかげでコウに出会い。取り巻く魔族が集まって―― (俺の力じゃない。これは“魅了”により見せられたんだから……)  だから“人”を信じられなかった結果、裏切られる事になった。 (…いや。本当の友人なんて、元々居なかったのかもな)  彼の父であるルシファーは、力を制御する事が出来るらしい。  だが、ルゥは制御のイロハも覚えてないヒヨッコも同然。分かりやすく説明するならば、匂いのとどまる事を知らない香水が入った器だ。  これは美味しいもので、コウのパートナーも美味(びみ)だと幸せな顔して言っていた。側にいるだけで酔いそうになるらしい。だが、今のルゥは夢魔だから、まぐあいの対象、食事として味わえてしまう。  “魔族”だった頃は誰も手を出さなかった事が、一変したと言う事だ。  だけどその為なのかは分からないが、心配してくれるやつが1人いる。 「こんにちは~♪」 「最近は、よくいらっしゃいますね」  それはコウの相方、ノエル 「うん、ルゥに会いに♪って、寝てる?」  いつのまに寝てしまったのか、今はシフォンの胸に寄りかかるように寝息をたてていた。 「ちょうど寝たところですね」 「珍しいね、シフォン様が優しいなんて」 「そうですか?私はいつもルゥには優しいつもりですが」  空いてる隣に座るノエル 「何かシフォン様には遠慮があったように見えてたけど、仲良いみたいですね」 「ええ。少し悩み事があるみたいですが、無いわけはないでしょうね」  それを聞いたノエルも頷く。 「でしょうね~……。ズバリ戻す予定とかは?」 「教えません」  何処まで本気なのか疑いたくなってしまう。  元に戻す気があるかと聞かれれば、曖昧な返事で返し、改心と聞けばありえないと答える。もしかすると彼にとって『答え』とは、どうでも良いのかもしれない。 「とりあえず 魅了は自分で調整出来れば良いのですが、あの人のように…」 「今は無理じゃないですか?……さてっと!」  立ち上がろうとするノエルをシフォンが止めた。 「何処へ?」 「え?勿論、ルゥと部屋へですよ♪」  しんみりと話してると思ったら、ちゃっかりルゥを抱き上げているノエル。  ベットへ向かおうとしているのならば、考えている事は一つしかない。 「私が連れて行きます。貴方はコウの所へ戻っては?」 「……ふーん」  笑顔で目を合わせている二人……何だか火花がちって見えるのは気のせいであろうか。その間にいたルゥは、体が揺れた衝動で目が覚めた。 「ん……?」  目が覚めると自分の真上では、何とも言えない雰囲気の2人の姿が映った。 (え……。な、何この状況…)  少し転寝をしている間に何が起こったのか混乱してしまう。  この場から逃げ出したいのは山々だが、間に挟まれていたら動くに動けない。  ルゥは、声をかけてみる事にした。 「あ、あの……シ、シフォン様。ノエル…さん」 「おはよう!ルゥ♪」  声に気が付いたノエルが嬉しそうに見てくる。  それに対してもう一度だけ挨拶を返した。 「こんにちは、ノエルさん。それで、何を…?」  ノエルが考える素振りを見せたが、首を横に振って綺麗な笑顔を見せる。 「ルゥが起きたなら何でもないよ♪」 「はぁ……?」  意味は分からないが、とりあえず何もないならと起き上がり背伸びをするルゥは、シフォンに向き直り尋ねた。 「御使いとかありますか?ボク、買い物に行きます」  それに対し、シフォンは少し考える様に自分の口元に指を当てる。そして、思い出したのか、少年にある物を渡した。 「持って行こうと思ってたのがありました。お願い出来ますか?」 「あ、はい…」  何かの封筒を受け取った。それをこの前訪れた店に届けて欲しいとのことだった。ルゥとなった次の日、尋ねた胡散臭い店の事であろう。思い出しながら相槌をうつと、手渡された物を買い物籠の中に入れる。  そして、見送る二人を一瞥してから家を後にした。 「可愛いなぁ」  前にあんな事をしたノエルだが、今ではルゥにデレデレである。 「……“あの人”と同じ人物だって思えないのは姿のせいかな。あれって、シフォン様の趣味ですか?」    家の中に戻るシフォンを追いかけて一緒に中へ入ると、顔を覗き込む様に質問をぶつける。だが返って来た答えは意外なものだった。 「昔の姿にしただけです。髪を黒くすれば、『ルガー』になります」 「……えっ!!昔はあんなに可愛かったの?!……捻くれたんですね~」 “ルガー”だった頃を思い出し溜息を付くノエル。  今のルゥだと、想像も付かないと言いたいのだろう。  まさかそんな話をされてるなんて露も知らない少年は、いつも通り森を抜け街へと足を踏み込んだ。  前は何とも思っていなかった下町。ルガーが歩けば出会う奴らは遠巻きになり、白い目で見てくる。自分がバカをやってたのを知らない人達はいない。  噂の広がりは早く。何かある度に出るのはルガーの名前だった。悪い事があると何もしてなくても、関わった事件だと周りの人たちは決めつける―― そんなのが当たり前だった最近までのルゥの日常。  今は街を歩いて思う。 “こんなにも賑やかなんだ”と。自分が嫌いだった街が今はとても好きになれそうな気さえする。 「おや、ルゥくん」 「こんにちは、おばさん」  話しかけてきたのは、果物屋のおばさん。今ではすっかり顔見知りの常連になっている。 「いつも買い物ご苦労さま。はい、ルゥくん」  頭を撫でていたおばさんは、ルゥの手に果物を渡す  ルゥの手の平サイズの赤い果物。人間の世界だと、林檎に近いかもしれない。 「え、これ!」 「良いの良いの。私があげたいんだから」 「でも」 「人からもらえる物は、遠慮しちゃダメよ?好意は受け取らないと」 「……」 (前の俺なら好意なんて……)  前の自分を思うと恥ずかしくなってしまう。 「それじゃ、お言葉に甘えて」  上目使いでチラッとおばさんを見ると 何度も頷いてまた頭を撫でてくる。  何だか少しこそばゆい。街の人達の優しさが、こそばゆい。 「後は、シフォン様に頼まれたこれを」 買い物は終わった。残るはシフォンに頼まれた封筒をあの場所へ届けるだけ、そこへ向かう途中――――やっ!!」  誰かの悲痛な声が耳に入った。  夢魔になって得する事と言えば、長い耳で音を拾いやすくなった事だろうか、聞こえてきた声は、裏路地の奥からだった。 「いいじゃねーか。お前、夢魔だろ?俺達ヘトヘトでよ。ちょーっと、味見させてよ~」 「ひッ!?」  路地裏でルゥより小さな少年が、2人の魔族に絡まれていた。一人の魔族がその少年の腕を掴み、首すじを舐めるとかみ殺すような悲鳴を少年はもらした。 パンッ  これから事を起こそうとしていた男達だったが、少年を掴む手を何かの衝撃で弾かれた。路地裏には大きな音が響きわたり、魔族の男は目を丸くして自分の手を弾いた“何か”を見据えた。 「なんだ……お前…」 「小さい子に手を出すなよ。この腐れ外道…」  少年を触る男の手の平を弾いたのは、ルゥだった。  どうやってしたかと言うと、自分の手で思い切り風を切るように振り切った後、弾き飛ばす。最近気がついた残っている力。今は全てだった。 「おーおー、見ろよ。こっちのガキの方が上玉だぜ。美味そうな匂いまで隠さずに纏ってやがる」 「――っ」  どんなに勢い良く弾いたとしても、相手は無傷。  一時的に弾く事しかできない。 「後ろから、動くな……」  ルゥは小さな声で少年に言うと、小さく頷いて返してくる。  どうするか、何度も弾いたところで突破口にもならない。だったら、この子だけでも逃がせば良いのだが、そうすると別の所で潜んでいる仲間に捕まる可能性が否めない。  まさか自分がしていた事が、こんな形で役に立ってると思うと、悲しくなってくる。 「…お前等、はぐれ魔族だろ」 ――はぐれ。  魔界でくすぶっている輩。ルガーが荒れた状態になってから増えたのか、周りに馴染まず腐った性根でただ食事と娯楽を求めている者を指す。  街の警兵(警備兵)が一番手を焼いていた。  ルゥの場合は、ルシファーの息子という事もあり手も出せない所があったようで、彼の周りにはそんな奴らが集まっていたのだ。 「だったらどうしたのかな?ぼくちゃん。怖くなったか?」 「……」  裏路地から、どうにか表の路地へ逃げれないものだろうか。そしたら警兵がいるはず。  奥に見える下町の光に目をやっていると、また相手が手を伸ばしてきた。その手をもう一度大きく弾き、少年の手を掴むと光の方へと走っていった。  表に差し掛かって辺りを見渡すが仲間らしき人影は見当たらない。どうやらあいつらは、2人組のようだ。 「ひゃっ!!」  だが後一息で路地に連れ出せる所を、はぐれの一人に少年が摑まってしまう。  その反動で、繋いでいた手が離れてしまい―― (しまった……!)  慌ててきびすを返すと、少年を掴む男の手にルゥは思い切り噛み付いた。  痛みで離した所を、表まで走るように促した。 「いけ!今なら警兵が表にいるかもしれない!?そこまで逃げれば安全だ」

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