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第3話③
ルゥがあそこの店『から』と、聞いたマールは親近感が沸いたらしい。
店を出てから嬉しそうに話しかけてくるし、コウはルガーじゃないという事が分かってスッキリした顔をしている。
「やっぱりマダラさんに拾われたの?」
「ぇ……うん」
「だよね。ぼく気が付かなかった。お兄ちゃんみたいな人が居れば覚えてると思うんだけど」
せっかくの言い訳チャンスを逃してはならない。
「ボク、君の後に入ったんだ。あそこに居た期間も短くて、すぐ引き取られたから」
それを聞いたマールは考えるポーズをとって、うんうんと頷いた。
「そっか!じゃぁぼくの方が先輩だね♪」
「うん、マールの方が先輩」
二人で楽しそうに笑いあう、その姿も可愛らしい。
買い物に来ただけなのに結構大変な日になった。
思い返してみるとマールを助け、死にかけて、そこをコウに助けられ、そしてシフォンの預かり物を渡し――
今ではもう、夕方になっている。話すのが楽しくて、すっかり遅くなってしまった。
樹海の前に到着すると、別れが惜しそうなマールに挨拶をする。
「ほら、もうすぐで暗くなっちゃうよ。ご主人様が心配する」
「……また遊ぼうね?お兄ちゃん…」
寂しそうに上目遣いに言われてしまうと、嫌なんて言えなくなってしまう。
「うん。ボクも見かけたら声かけるから、ね?」
「ん、ぼくも声かける。お兄ちゃん大好き…」
ぎゅっと抱き合う二人。
それを見てるコウは、居た堪れない気持ちになってしまった。
(………なんだろうか、こう…見てはいけない気持ちになるんだけど……)
手を振って走っていくマールを見送る。
誰かの為になるのって結構嬉しいものだ。なんて思ってみたりして、つい嬉しくなる。表情がほころんでしまうくらいだ。
(……弟って、こんな感じなのかな……)
自分は末っ子だった為、こんな風に頼られた事がなかった。
「こ、コウさんは帰らないんですか?」
「俺は着いていく」
「え、どうして……?」
「そりゃぁ――」
*****
夕方の森の中
朝聞こえていた野鳥の声も眠ってしまったかのように静かなもの
そのまま歩いて到着した家のドアを開けようと、ノブに手をかけようとした時。
「おかえり~。ルゥ待ってたんだよ」
ドアが開いて、嬉しそうに抱きついてくるのはノエルだった。
何処で気がついたのであろうか、尖った耳は伊達じゃない…と、言う事なのか……。
「の、ノエルさん。まだ居たんですか…!」
「うん、ルゥに会いたくて」
嬉しそうに顔をすり付けるノエル
「の、ノエルさん……は、恥ずかしい」
「照れた顔が、また愛らしいなぁルゥは♪」
何だか、二人の世界が出来ている……
「お前もか!!」
その声に顔を向けるノエルは、そこにいたもう一人が誰か理解する
「あ、コウも来たの?ルゥの護衛?」
「ノエルさんのお迎えですよ」
「ありゃ……」
ぎゅーっとルゥに抱きついたまま会話は進む。
ノエルは、コウの姿を見て不服そうだ…
「……別に迎えなんていらないのに」
「いいじゃんよ。それに魔法使いの家ってのも、見てみたかったしさ」
(そっちが目的か)
まぁ、普段は誰も此処に足を運ばないらしいから、珍しいって言えば珍しいのかもしれない。
(シフォンがなんて言うか…)
「迎えならノエル、貴方も帰りなさい」
(そうそう、帰――)
気が付くと後ろに居たシフォンにビクッとする。
いつも不意を付かれているがいまだに慣れないルゥは、心臓が跳ねあがる思いでノエルにしがみ付いている。
「ダメですよシフォン様、ルゥが驚いてますよ」
怒り口調でノエルが言う。
肩越しから見えるシフォンと目が合ったルゥは、挨拶をした。
「た、ただいま……」
「お帰りなさい。夕食の準備…それに――」
特に怒ってる訳ではなさそうだ。心から安堵した後、何かを忘れてる事を思い出す。そして、ハッとすると慌ててノエルの手からすり抜けて走り出した。
「洗濯物、取り込んできます!」
そう言い残すと、走って行ってしまった。
見えなくなったのを確認すると、シフォンはコウへ向きをなおし、質問した。
「……どうしてルゥと一緒だったんです」
「別に深い意味はない。たまたま助けたんだ」
それをビックリするのはノエル。
「……へぇ、びっくり。ルガーだって騒いでたのに」
そう言われて、バツが悪そうな顔をする。
「違うって思ってよ。自分より小さい夢魔を助けてたし、それに店から引き取られたらしいしな」
「え、何それ?」
聞いてない。と言いたげな声でノエルは呟くと、コウは続けた。
「あぁ……。ルゥと誰にも言わないって約束してるんだ、悪いな」
どうやらコウは口がそこそこかたいらしい。
その態度に悔しそうな表情をする相方は、シフォンを見る。
「ずるいなぁ……俺だけ仲間はずれ?」
だが出し惜しみするつもりはないのだろう、魔法使いは溜息をつくと言う。
「ノエルは口がかたいですからね、隠す事もないでしょう」
ふてくされているノエルに説明を始めた。
「あの子は、ちょっとした場所…そこで行われている悪魔の売り買いする場所で発見した子です。コウは知ってしまったようですが」
「……そうなんだ(手は打ってるわけか)」
コウの顔を覗き込むと、嫌味みっぽく言葉にする。
「危なかったねー、買い取ったばかりの子を酷い『傷物』にしなくて!」
「い、言うなよ……あいつにも謝ったさ」
反応からして、まだ気が付いてない。だからもう少しだけ、気が付かないようにクギを刺すノエル。本当に知られるのは、もっと後の方が良い――そう思っていた。
ルゥの方は、洗濯物を取り入れていた。
「はぁ、良かった……」
心配して慌てて来て見たが湿ってはいないようだ。
取り入れる事ができて何よりと、胸を撫で下ろす。少しでも失敗するとシフォンからのお叱りがくる。
それだけは避けたいルゥだが、こんな事を考えている時点で、かなり色に染まっていると、しみじみと感じてしまう。
「……はぁ」
洗濯物をもって家の中へ入るけど、誰の気配もしない。居間のほうに洗濯物を一旦おくと、玄関へ戻ってみることにした。
「あ、もう寒いから風邪を引いちゃいますよ?」
「お?……あー、真っ暗だな」
「ほら、早く中に――」
慌ててルゥが家に入るように促して、ノエルとコウの背中を押して入れてしまうと、シフォンはヤレヤレと言う顔をした。
気が付いたのは後の祭り。追い返そうとしていたのを思い出して、気持ち的に縮こまってしまう。今更、外へ追い出せない雰囲気だ。
それを庇う様に抱きついてきたのは、ノエルだった。
「ルゥは優しいなぁ、俺もご飯作るの手伝うよ」
「ぅ…えっ!?」
「いいえ、私が手伝いま――」
割って入ろうとしたシフォンだったが、それを呼び止められた。
「まぁまぁ。俺、魔法使いさんと話がしたいんだ」
コウが真剣な顔をしてシフォンに言う、それに対して笑顔で答える。
「……珍しい事をおっしゃるんですね」
その会話はルゥ達にも聞こえていた。何を話すか気になり、後ろ髪ひかれる思いをしている少年に、ノエルが言う。
「大丈夫、コウは気が付いてないよ。行こう?」
「……ああ」
言葉を信じてご飯を作りに行く事にした。
今日はシフォンも側にいない。仕方ないので、覚えた料理をたどたどしい手つきで作り始める。その隣では、慣れた手つきで手伝うノエル。
「そう言えば、今日助けられたんだって?コウから聞いた」
「うん。コウさんが来なかったら、死んでたかも……」
思い出すとゾッとする。
記憶を消すようにぶんぶんと頭を振ってみる、そしてまた料理に取り掛かった。
「あんなに疑ってたのにね。ルガーだって気が付くきっかけがないと、無理だろうけどさ」
本当にそうなのだろうか……もしかしたら、少しでも気が付かれてる可能性があるのでは、なかろうか。そう思うと、肯定が上手くできない。
そんなルゥの顔を覗きこむようにノエルが聞いてきた。
「ねぇ、助けられた切っ掛けは?」
「え!」
「教えてよ、俺達の仲じゃん」
最近仲良くなっただけな気がする…でも。
「それが――」
ルゥは掻い摘んで説明をした。
買い物の最中に出会った、はぐれ魔族とマールの話。助けたのは良かったが自分が捕まってピンチだったのと、そこをコウが助けてくれた事。
「今のボクじゃ、伸ばしてくる手を弾く事しかできなくて。でも、コウ…さんのお陰で命拾いしました」
それに、相手の表情も見る事が出来た。ルゥにとって一番の今日の収穫。
ノエルに説明する彼の表情は、本人も気が付いていないくらい幸せそうな顔をしている。
「そっか、無事で何よりだよ(そんな顔もするんだ…)」
何だか少し面白くないノエル。
(あとは、皿を用意しないと)
棚を開けて、皿をとり、お盆の上へ乗せて持っていけるように準備をしはじめる。だが、何かが阻んだ。
「あの」
ルゥの行動を阻止したのはノエルだった。
「そろそろ生活慣れたみたいだし、ちょっとだけ。ね?」
「の、ノエルさん……!」
自分より大きな体が迫ってくる。無意識に後ずさると、壁に背中が当たった。そのまま覆いかぶさるように、口にすべっとした何かがあたれば、口元が熱くなる。
「ん――ッ!!」
「はぁ……。力がわき上がるよ、やっぱり良いね」
ルゥから見たノエルは、少し火照った顔を向けている。こっちも同じくらい、頬を染めたとろける顔を相手へ向けてる事だろう。
「エロい顔……何?キスが気に入った?何度でもしてあげる……」
「ぁ…んん……」
頭がぼやける。
口の中に入ってくる舌が絡みあって、唾液同士が重なるのを感じる。
(ふ…ぁ……いき…が)
だんだんと広がる唾液の音が、耳元まで大きく聞こえ始めた。
「何をしてるんです?」
その声の方にノエルが振り向いた。いつの間に来ていたのか、シフォンが立っている。勿論、呆れた表情をして――
「シ……フォン、様……」
少し落ちかけているルゥから、残念そうに離れるノエル。
「何もしてないですよ。ちょっと補給しただけです“夢魔”として」
「……は、い……」
シフォンは、それ以上は追求はしなかった。
「まったく、油断も隙もない」
「ルゥの魅了って美味しいから、つい♪」
体の火照りが残っている。さっきのキスがいまだ口にある様にも感じてしまう。少し、いや、かなり行為自体に酔いしれてしまっているのか……そんな、はしたない事が気持ちいいと思っ――
(ち、違う……絶対、ちがう…)
そんな事がある訳がない。そう自分に言い聞かせたくて首を振る。
するとまだふらついている足がもつれてバランスを崩してしまった。
ガタン
「まったく。何をしてるのですか……」
倒れる寸前をシフォンが受け止めてくれた。
さっきの音は手に持っていた空のお盆を落としてしまった音だったようだ。
そこに心配そうなノエルが顔を覗かせる。
「大丈夫?無理させたかな……」
まさか、自分があんな事考えたとは言い辛い。
赤い顔は隠せないが、首を振ってノエルの言葉を否定した。とりあえずルゥは椅子で休む事になった。どちらにしても、上手く動かせない身体……ノエルとシフォンがテキパキと残りの支度をし始める。
「それでは、今日は招かれざる客が2名ほどいますが、もっていきましょう」
「酷い言われようだよねー……」
椅子から立ち上がるルゥも、お手伝いを自分から志願してお皿を持つと、シフォンが料理を運んだ。
そういえば、シフォンはコウと何かを話していたはず。
「コウさんと何を話してたんですか…?」
「他愛も無い話です。私の事、あなたの事、ノエルの事」
それを聞いてノエルも反応する
「俺の事も?」
「ええ、どうしてここによく来るのかって」
「何て答えた、ですか?」
不安そうな顔をルゥが見せるので、答えてあげた。
「『ルゥを気に入ったみたいですよ』…って所ですね」
「正解~♪」
ノエルは嬉しそうに反応を返す。
少年の方も、本当にただの世間話だったのだろうと安心した顔で微笑んだ。
「じゃぁ本当に他愛もないわけですね」
「……ええ」
――数分前
座るように促されたコウは、居間のテーブルの椅子に腰掛ける。
『それで話とは?』
落ち着いた態度のシフォンに、すかさず尋ねた。
『俺が聞きたいのは、1つだけだ……。本当に“黒い髪の男”は来なかったのか?』
『またそれですか』
彼は彼で、ルゥは“ルガー”じゃない。そう信じ始めていた。
だからこそ尋ねて来られたであろう相手に、もう一度だけ真実を確認して、自分の中にケジメを付けようとしていた。
コウは真剣な顔でシフォンを睨みつけている。
『あいつは、ああ見えても魔王(ルシファー)の息子だ。簡単に消すなんて出来ないはずだ』
『……』
『あのガキを俺は疑ったが、情報を探っても色物屋の出だという戸籍まで、存在していた』
大人しく聞いていたシフォンは答えた。
『さっきも言ったとおり、あそこから受け取った子です』
『くそっ……(だったらあいつ、何処行きやがった)』
悔しそうに軽くテーブルを叩き、何か考えているコウへ。
『嫌い嫌いも好きのうち』
そのセリフにバッと顔をあげて相手を見るが、言葉は続いた。
『――て言葉が存在するらしいですよ。地界(人間界)では』
シフォンの表情は、良い笑顔だ
『この森で迷ったりしたのではないですか?それに、似ても似付かないでしょうに』
『あいつ……本来の口調は口が悪そうだが?』
腹が立つ言葉に、コウは対抗してそう言い返す。
するとその台詞に少しピクッと反応があったが、コウはどうやら気が付かなかったようだ。
『ふぅ、口調は正す様に言ってるんですけど……今日はお仕置きですね』
『え……ちょ、口調だけで?』
『わざわざお伝えを、有難う御座います』
余計な事を言ったかなと、申し訳ない顔で口に手を当てる。そしてハッとした。
『いやいや、そうじゃねーよ!あいつが、ルガーかって事を今、話してたんだろ?!』
『ハッキリ言いますがNOです。魅了だけで判断されてるなら、お門違いでしょう。それに貴方のパートナーが気が付かないわけがありません。一番“魅了”を近くで味わってるっと、彼から伺ってますよ?』
そう言われてしまうと、言い返せない。
表情も読めないコウは、不服ながら追求を諦める事にした。
(だよな。……疑っても何にもならない、か)
『信じてあげて下さい。信じたいから、最後に確認したつもりでしょうけど――』
『……はは、バレてら』
椅子の背もたれに力なくもたれるコウ。そして、会話が終わるとシフォンは立ち上がった。
『それでは、私は台所へ行ってきます』
『ノエル居るから大丈夫だろ?』
『……だから、逆に不安なのですよ』
ため息を付くように、その場を後にした。
そして今に至る。
「コウさん、お待たせ」
可愛い笑顔で、コウにそう伝える。
さっきまで疑っていた相手にそんな表情をされると、逆に申し訳ない気持ちになってしまう。
食器を一生懸命並べる姿をジッと眺めていると、隣に座るノエルが声をかけた。
「コウも気に入ったの?」
「え?“も”って何だよ…」
「凄い可愛いだろ?抱きつくとアワアワするんだ」
「へぇ……お前、あいつだと思わなかったわけ?」
その質問にノエルは真顔で答える
「思わない…。あんな良い子じゃないもん。そんな簡単に性格を改善できる訳がないじゃん」
そう言われてみると、そうかもしれないと納得してしまう。
付き合ってそこそこ長いし、あいつの事は一番分かっているつもりだ。もしルガーだと言うのなら、あんな捻くれた部分を簡単に隠せるとは思えなかった。
「……言われれば、そう…だよな」
だが、結果を作ったのはコウにある―― ノエルはそう思っていた。
もしかしたら、あの時の強姦がなければ、大人しく言う事聞く子になってなかったかもしれない。きっと、いまだにシフォンは手を焼いていた事だろう。
(コウ。君がさり気無く手を貸したんだよ……?)
まだルゥの事を熱い目線を送るコウに言う
「ほんと、コウって何だかんだ言ってルガーの事を好きだよねー」
何も無いのにむせる相方。
(――っんな!!)
ついさっきシフォンにも同じ事言われている為、デジャブを感じる。
「だ、誰があんな奴!」
「照れない照れない♪」
楽しそうにじゃれる二人をみたルゥはシフォンに言う
「コウとノエルって、仲良しだよな」
遠巻きに二人が楽しそうに話しているのを少し眺めている。
「敬語、崩れてますよ。そう言えばさっき聞きましたが、口が悪い所を見られたとか」
それを聞いた少年は、ギクッとなる。
「ご……ごめん、なさい」
「まったくですね」
まさかバラしてしまうなんて、口が硬いと思ってたルゥは涙目だ。
シフォンはもくもくと料理をよそう。
「今日はお咎め無しにしましょう。小さい子を救ったのは成長が見えましたから」
姿と名前が変わると、世界の見え方が変わると言うが、本当だろう。
捻くれた性格はなかなか消えない為か、ちょっとでも良い事すれば自分のギャップに反吐がでそうになる……。
(反吐なんて言葉、口が裂けてもシフォンの前では言えない…)
ルゥは、そう思いながら言葉を心にしまった。
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