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第4話②
飲み物の準備に時間がかかってしまった。
話が気になって仕方がないルゥは、急ぎ足で居間へ向かったのだが、ちょうど口論をする所に当たってしまった様子。
「そんな夢みたいな事、どうやって信じれ……ば……」
お盆を持った少年を見た肇は固まった。そして、椅子に座って頭を抱えてうなだれてしまう。
どうやらルゥを見た事で、さっきの事を思い出したようだ。
彼の尻尾を触ったと言う事は、自分が矛盾した事を言葉にしようとしてたと言う事、それが証明された訳で――
「あの?」
「大丈夫だよルゥ。自分が仕出かした事を後悔してるだけだから」
ノエルは嫌味をこめてそう説明をする。
ルゥは、シフォンに促されるまま皆へ飲み物を配り、自分も空いてる椅子に腰を下ろす。
何だかとても重苦しい空気である。いったい何があったのか確かめたいが、無理そうだ。取り敢えず、手元にある自分の紅茶を口にする事にした。
(お……。今日の紅茶は、上出来♪)
ルゥがそんな事を考えながら飲む。のんきと言えばそうだが、話の流れが掴めないのだから、仕方がない。その表情に気が付いたノエルが尋ねた。
「なんか嬉しそうだね?」
「うん。美味しく出来たから嬉しくて」
さっきまでの重い空気がふっとんだに違いない。
ノエルなんて、抱きつきたい衝動に駆られる表情になっているほどだ。
「ルゥ…」
「ん?」
「可愛い!マジで天使!」
そう言いながら押さえられなかった夢魔が、ルゥに抱きつきに行く。
「ノエル!天使じゃない、ここは魔界なんだから小悪魔だろ!?」
「うわわ、紅茶がこぼれ――!」
さっきまでの空気は何処 へ行ってしまったのか、すっかりと賑やかになってしまった居間。日常茶飯事なのか、シフォンはやり取りを聞き流し静かに紅茶を飲んでいる。
そんな雰囲気に流されそうにっているのは肇だ。今、何の話をしているか忘れられているのではないだろうか。と慌てふためきながら質問をした。
「あの!!元の世界に帰れます?」
そう聞かれた、シフォンはサラッと答える。
「ええ、多分。ですが、人間が此処にやってくるのは“異例”でしかありませんからね。見つかったら、何されるか分からないでしょう」
恐ろしい事を平然と言われてしまった。
(……人間って、人間界のか?)
だから“ちきゅう”とか聞きなれない名前だったのかと納得したルゥ。
夢魔は出稼ぎに行くが、魔族には用のない不思議な場所。シフォンの横顔を一瞥すると、真剣に考えてるのが窺える。こう見えて優しいのは、少しでも長く一緒にいるルゥが、一番良く知っていた。
「連れてきてしまったのはしかたありません。調べてはみますが、ルシファーの許可が必要と分かった場合、すぐ連れて行きます」
(やっぱり、優しいよな)
「ひぅっ!」
肇とシフォンが話し合ってるのを眺めていたルゥが何かに驚いて体を少し竦める。身体をなぞられた様な感覚。ノエルが耳元で話しかけてくる。
「もう、そんなにシフォン様を眺めちゃって……。俺が側 に居るのになぁ」
「そんなんじゃ……ッぁ」
また身体に来る刺激にルゥは声を抑えて目を瞑った。
「ルゥってば、感じやすいね」
「なッ。そんな、こと……」
原因は、抱きついているノエルが背後へ手をまわした事によるもの。
その先にあるのはルゥの尻尾。指で線でも引く様に優しく撫でて触っていた為であった。
「の、ノエルさんも弱い、でしょ?」
「全然。俺は慣れてるから、簡単には――」
笑顔であしらうと、更に擦り寄ってくる身体。体温と顔が近くに感じる……
「ルゥ……」
「――ッ」
スパンッ
部屋の中にとても気持ちの良い響きが木霊した。
床には落ちた衝撃で回転しているトレイ。誰かがそれに頭を打ち付けたようだ。
アルミ製だったとはいえ、当たれば痛いに違いない。
勿論、被害を受けたのはノエルであり――
「手が滑りました。私の不注意ですね、申し訳ありません」
シフォンはとても良い笑顔をみせた後、説教の相手を変える。
「コウ。何で止めないのですか?目の前の相方 を」
「……えっ!……その、つい……」
コウは目の前で唐突に始まった行為をガン見してしまっていた――とは言えない為、言葉に目を泳がせる。
その間にルゥはこっそりと自分の主の隣りへ移動して小さくなっていた。
だが、そんな大変なやり取りをしていたのにも関わらず、気が付かないのが人間。
「いきなり投げるなんて、可哀相じゃないか」
「……言いたい事は多々ありますが……まぁ、説明が省けて助かります」
「はっ?」
理解が飲み込めないという顔をした肇だが、シフォンの方が触れないように話を流してしまった。周りがすっ呆けるので追求は断念した青年は、気になってる事を尋ねてみた。
「……さっき言ってた名だけど、『ルシファー』って、もしかしてルシフェルとか?」
「ええ、間違えではありません」
同意すると相手は真っ青な顔になった。どうやら『誰』に相談を持ち込むのかを知り、自分から確認した事を後悔したのだろう。
「後は、彼の寝床ですね」
この男をどうするのかも大切ではある。いざ助けようと言う話になったとしても外へ放ってしまっては、“助ける”意味がなくなってしまう。
だが、ノエルとコウ、その2人はタイミング良く目を逸らした。
「……そうだと思いましたよ」
話し合う気がないみたいだ。
感じからして、泊めると言う考えは微塵もないに違いない。
「理由を聞きましょうか?」
「ルゥが来るのはともかく、でかい男はコウだけで十分だよ」
ノエルは素直にそう答える。包み隠さない辺りが清々しい。
「……ちょい傷ついたが、俺もそれについて反対!色々な意味で」
話を聞かなければ良かった――そんな表情をしているシフォン。
「言っときますが、ルゥは却下です」
「ええ!俺、まだ何も言ってないのにー!」
言葉にされる前に釘をさしておく。そのまま言葉で妨害でもしておかないと「交換」で連れて帰ると言いかねない。それだけは避けたいが、当本人はまったく理解していない感じだ。
(2人のプライベートに、他人は嫌だよな)
そんな事を考えているくらいだ。釘をささなかったら、コウもおまけで置いていきルゥだけを連れて帰ってしまうと言う事も考えられる。
「はぁ……。彼は私の所で預かる事にします」
色々と面倒な事を言われる前に話を纏めてしまう。
決めるのに何でこんなに脱線してしまうのか考えるシフォンだったが、ルゥと他2人を追い出して二人だけで話していたらすぐ決まったのではないか。と今更ながら後悔しているのは、言うまでもない。
そんな肇は話に付いていくのがやっとであった。
戸惑っている間に自分の寝る場所が決まって安心のような、複雑な気持ちを抱いていた。
そんな時、何か視線を感じた。不思議そうに見てくるルゥがシフォンの隙間から覗いて目が合った。2人は軽く会釈で挨拶をする。
(そっか、ここで過ごすのか……)
少年にとっての未知な人間。どう接していいのか悩んでしまう。
過ごし方。寝る事に、お腹がすく事――
くぎゅぅぅ…
ルゥはお腹を鳴らす。
「夕食。ノエルさん達も食べていきます?」
場違いかなと思いながら、とりあえずノエル達に尋ねてみる。
「ううん。今日は帰る。新しい“お客さん”が、緊張しちゃうと悪いからね」
これ以上面倒な事は困ると言うシフォンの表情を見たノエルが、ルゥにそう言って見せる。ノエルの方も、今回はその場を退散しようと思っていたので、相手の思考をのむ事にした。
彼の方は兎も角、人間に不振を抱いているコウを放っておいたら面倒で仕方がないからだ。だからこそ、いつもはお言葉に甘える夕食の誘いを辞退した。
コウは腕を引っ張られるようにノエルと共に帰ってゆく。
二人が帰ると、静かになった家。さっきまで騒がしかったのが、嘘のようで少し溜息を洩らした。さて、苦手な料理が待っている。
気合を入れる様に両頬を挟むように叩くと、グッと拳を作る。
「おし!頑張、ります!」
危うくタメ口になる所だった。
台所へ向かう前に皆で飲んだカップをお盆にのせて持ち上げる。
「え、えと。ルゥ!……くん」
「!?」
移動しようとした矢先、呼ばれた声にビクッとして振り向くと肇が立っていた。
ルゥに何か用事であろうか。
「俺も、手伝うよ」
「え!……でも」
「良いから、気にしないで」
そう言うと、手に持っていたお盆を代わりに持ってくれた。
少し目線が泳いでいる辺りからして、初めて会った時でも思い出しているのかもしれない。尻尾を引っ張ってしまった事を申し訳なく思っている為の手伝い。
「名前……教えてなかったよな。俺は肇って言うんだ」
「ぼ、ボクはルゥです」
まだ挨拶も名前も教えあってないなかった二人は、言葉を交わす。
その後、台所へ向かう間に分かった事と言うと彼が“だいがくせい”というのをしている事、バイトという仕事を終えた帰りに、気が付いたらここに来ていたらしい。
ぶつけたり、何かの異変とかは体に起こった訳じゃないらしい。そういう事は、此処に来る“間”に感じる事はなかったそうな。
気が付いたら“此処にいた”。落ちてきたとかも無いらしい。
(ふぅん。次元の狭間かぁ)
「そしたら、最初の場所もわからない、んですね」
「ははは。動いちゃったから、ね」
困った顔をする肇。
何だか段々と打ち解けて来た2人は、ルゥの話へと変わってゆく。
「そっか、君は“夢魔”なんだ……だとすると、インキュヴァスやサキュヴァ――!」
「いんきゅ、ばす?」
目を点にして首をかしげるルゥに、顔を赤らめてで咳払いをする。
「ご、ごめん。子供に教える事じゃないよね……それに、まだそんな“仕事”してないだろうし」
ああ、その事か。と納得したルゥ。
人間の世界では、こちらの世界と違い、とても神秘的な名前をしているらしい。
「あ、さっきのノエルさんも“夢魔”ですよ」
それを聞いた肇は咽せる。
「あ、あの子も!?」
「?」
教えてはいけない事だったのだろうか……。
そこまで驚かれてしまうと、こちらも困ってしまう。そんな顔を見て肇は、首を横に何度も振ってみせる。
こちらの世界では人間にとってはカルチャーショックな出来事が多そうだ。ルゥは、あまり説明しないようにしようと心に思うのだった。
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