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第5話②
ルゥをベットへ運び終わったノエルが居間へと顔を出してみる。
どうやらまだシフォンは戻ってきていない様子。そろそろ帰ってくると思っていたのだが、見つからないようで何よりだ。
それとも本当に魔王 に頼みに行っているのかもしれない。そう思いながら椅子に目をやると先客が居た。
「肇。ここに居たんだ」
そう声をかけると、側の空いている椅子へ腰をおろす。
何だか気まずそうな顔をしているのだが、とても気になってしまう。
「あっちへ帰りたくなった?」
「え!いや、まぁ……それもそうだけど……」
何だか歯切れが悪い。何かを隠している顔をしてるのは、手に取るように分かる。歯切れが悪いのには理由がある筈だ。
この家の物を破壊した。もしくは体調が優れないのか。そう考えながら沈黙の中、向かい合って座っている相手を見据える。
ふと、もう1つ思いついた事があった。
(もしかして……)
自分でモヤモヤと考えても仕方が無い、確認をしてみる。
「もしかするけど、台所に来た?」
その言葉に少しだが肩が動いた。相変わらず相手は下を向いたままだが、確信は持てた。あの行為を見ていたのだと言う事実。
まさかあんな場所でやっているなんて、普通は思わない。だからこそ、物音を気にして覗きにいってしまったに違いない。
ルゥが知ったら穴にでも潜ってしまいそうだけど、ノエルは違う。別に隠すほどじゃないと思っている為、そのまま更に尋ねた。
「エロい気持ちになった――とか?」
そう言われて、顔を上げてノエルを見た。
だが、どう言葉で反論して良いのか分からなくなると、また俯いてしまう。
「人間の世界がどうかしらないけど、こっちじゃ当たり前だよ?」
「知らないって、君は『夢魔』なんだろ?」
夢魔は人間世界では有名な悪魔だ。
だから“知らない”という言葉に強く反応してしまい、不思議そうに聞き返してきた。
「俺とルゥは肇のいる世界に行ったことないから、どんな感じかは知らない」
夢魔は精気を取るのが仕事だと普通は考えるものだ。そんな夢魔がいると言うのを初めて知った肇は、新たな疑問をノエルにぶつけた。
「それじゃさっきのは?」
「夢魔は、人間の生命 を貰うのが仕事なんだけど。肇からは、もらえないじゃない?だから、ルゥと一緒に力 補給しあってるのー」
そう言いながら、上目遣いのエロ顔を肇に向ける。
綺麗な顔をした男の子にそんな表情を向けられてしまったら、ノンケだとしてもドキッとしてしまう。だが、彼からエナジーを奪わないのは“客人”として、ここにいるからだと言う事は、良く理解できた肇。
「えっと……君は――」
「ノエルだよ」
「さっきのは、見るつもりはなかったんだ。たまたま……」
「まぁ、場所も悪かったし、俺も気をつけるよ。肇 には刺激が強かったみたいだからね」
気をつけるという問題でもないが、とにかく彼も魔界 でのルールを少し理解出来たであろうか。
それでも体調が優れない肇。見てしまった事の後ろめたさで、気分的に悪くなったと思っていたのだが、そうではないみたいだ。
目眩は治まってはいるが、体が重い。そう言えば、ここに到着しルゥと出会ってから、この状態が続いてる気がした―― やはり慣れない生活に疲れでも溜まったのだろうか。
「それにしても、シフォン様遅いなぁ。もう帰ってくると思うんだけど」
「そういえば、彼は君達と雰囲気が違うね」
魔界と呼ばれる場所として考えても、魔族のコウや夢魔の2人と比べても、何だか住人とは思えない気がする。どちらかというと、自分に近いような……。
それに対してノエルも首をかしげた。
「う~ん。あの人、気が付いたら噂になってたからね。とりあえず“魔法使い”だよ」
「魔法使い!?」
この世にまさか魔法使いなど存在するのかと驚こうとも思ったが、今自分の状況を考えると否定が出来ない。
分かる事は、あまりあの人を怒らせてはならないかもしれない、ただじゃすまないのではないか、そう思えてくる肇。
そんな話をしていると、足音が聞こえてきた。聞こえる方に二人は顔を向けたてみると、ルゥがいた。
もう少し寝ているかと思ったが、顔色を見ると元気になったみたいだ。やはり補給は伊達じゃない。
ルゥは少し入りずらそうに、入り口で顔だけを覗かしている。
「ルゥ起きた?おはよ」
そう言いながら、膝をポンポンしてこっちにおいでと促すノエルだったが、ルゥはそのまま引っ込んで何処かへ行こうとした。それをノエルは捕まえに行った。
「や、いいよ……き、着替えて来るから!」
「えー?良いじゃん良いじゃん。別に♪」
何だろうか――肇は無関心を装うったが、ルゥの姿を見て咽せて吹き出す。そして、顔を逸らしてしまった。
相手は、大きめのワイシャツに、下は生足を出した少年。
少し動くだけのつもりだったのだが、まさか顔出した場所に肇がいると思わなかったらしい。着替えてこようと思ったのだが、それをノエルに止められてしまったのだ。
もう見られてしまったのはしかたがない。ルゥはノエルの隣りに座る事にした。どうも恥ずかしくて居た堪れないルゥは、二人に話を振る。
「あ、あの。何の話をしてたん、ですか?」
「世間話だよね。肇」
いきなりで慌てたが相槌を打つ。
「どんな話?」
尋ねてくる言葉に、ノエルは意地悪そうに言った。
「夢魔の話♪」
「――っ!」
それに咽せたのは肇だった。あんな姿を見た後に、さっき話してた内容まで持ってこられたら普通はこう言う反応になるものだ。
「もうやだな~。飲み物飲んでないのに、咽ないでよ♪」
笑いながら言われてしまうしまつ。
「そうだ!ちょうど良いから、また夢魔の勉強しようか。この前みたいな事があったら大変だし」
そう言いながら肇をチラっと見る目は、からかっている感じだ。
青年も負けじとノエルを見据えた。
「話によると人間界へ仕事しに行ってる夢魔は、たまにエナジーと一緒に相手の体の害になる物も流れ込んでくる事があるんだって」
それは精気(生命)を取る時に流れ込んでくるものらしい。
だけど人間達に害があったとしても、自分達には害はない。
ルゥが「どうしてか」と尋ねると、そういうモノを体の中で中和されてしまうからのようだ。結構、夢魔は便利なものだ。
「だ、か、ら。シフォン様が具合悪くなったら、してあげると良いよ」
「……?」
感心してたのも束の間、シフォンの名前を言われて最初は分からなかった。
その意味を理解すると顔を赤らめてしまう。
分かりやすく言えば、具合が悪くなったら『体を使って治してやれ』と言う事だ。慌てるルゥの頭を撫でるノエル。
「あはは。照れちゃって、ルゥってば可愛いなぁ♪」
「ちょ……小さい子に何言ってるんだよ!」
「えー、肇だって興味あるくせに」
それを言われて噛み付く。
「違う。場を弁えろって――」
「あーはいはい。もぅ、頭が硬いなぁ……」
何だか二人が楽しそうだ。いつの間に仲良くなったのだろうと思いつつも、辺りを軽く見渡す。あの人が帰ってきたかと思ったけど、まだみたいだ。
(そういえば、何かを忘れてるよう、な?)
そう考えながら思い出そうと頭をひねる姿を肇とノエルが見ている。
百面相の様にクルクルと変わる表情は、見ていて飽きないに違いない。
「あっ!」
思い出して声を上げると立ち上がった。
「掃除しようと思ってたんだ」
すっかり忘れていた。
あんな事がなかったら今頃、終わっていたはずだったのに。
「シフォン様に頼まれてたの?」
「ううん。体が訛ってるから」
さっき一緒に運動したのに――何て言葉が頭に過ぎったノエルだったが、しまい込んで、少年の頬を突っついた。
「“それに、仕事してたらシフォンに褒めてもらえると思うし。あいつの手伝いがしたい”」
「――ッ!?」
顔を爆発させたように赤らめると、そんな似てないモノマネの相手を睨むが、とても楽しそうにニタ付かれていた。
「なーんて。て、ルゥってば図星か♪」
「ッ!!」
言葉に出来ない恥ずかしさが襲ってくると、ノエルにぶつける様にポカポカと殴りかかる。傍から見れば、痴話喧嘩にしか見えない戯れ合いに、肇も苦笑するのだった。
「ルゥくん。掃除だったら、俺も手伝うよ」
青年が立ち上がって志願する。小さな子に掃除とか大人のプライドが許さない。と言うより、居候してるのに何もしてないのが恥ずかしいのもあった。
その申し出に戸惑いもしたが、時間があれから経ってしまったのもあった為、お言葉に甘える事にする。
ルゥの担当は、台所に自分の部屋とシフォンの部屋。
肇は空部屋と廊下。それと自分の借りてる部屋をする事になった。手分けすれば、早く終わるはずだ。
「うん、がんばろ」
ルゥも気合を入れる。着替える事も考えたが、その時間も惜しい。
その為、このまま掃除する事にした。汚れるかもしれないが、その時は洗濯をすればいい。
(ルゥが、主夫化してきてる…)
ノエルはと言うと、邪魔になるといけないと言って二人を手を振って見送った。
台所の掃除に自分の部屋。ルガーだった頃は、掃除なんてした事がない。
家政婦が居たと言うのもあって、きっとルゥの兄弟達もした事がないはずだが、兄達が知ったら鼻で笑われる事だろう。
それは、彼等にとって末っ子が“欠陥品”だったから――
「“ボク”が掃除するのは、可笑しくないさ…」
自分にそう納得をさせると、心が少し落ち着いた。
さて、担当した場所は一通り完了した。
(これで、シフォンが帰ってくれば――)
“褒めてくれるかもしれない” ノエルの言葉を思い出して、また顔を真っ赤に染める。
(ほ、褒めてくれるとか、そんな事……)
考えれば心が弾んでしまう。
それも好きな人に褒められるのは、尚更。
頬を膨らませて自分の考えを全面否定する。
そんな事より、肇はどうしているだろうか。確か、部屋と廊下を担当してもらってるはず。
最初に廊下を覗いてみたが、居ない様子。
でも綺麗に水拭きされている。ここは終わっているのだろう。空き部屋も覗いたけどいない。後、考えられる場所は残りの頼んだ部屋だけだ。
「……肇さん、お部屋ですか?」
一応ノックをして顔を覗かせてみると、ベットの横でグッタリしている肇を発見した。慌てて近寄って首の動脈に手を当ててみる。
熱――では無いみたいだ。だけど意識がない。
とりあえず側のベットまで運ぼう。そう思って持ち上げようとするものの、持てる訳が無い。自分の倍のある男の人だ、持ち上げようものならこっちが巻き込まれてしまいそうだ。
「どうすれば……。ノエルなら何か知ってるかも」
慌てて部屋を飛び出して、ノエルがいる居間へと行く。
「の、ノエル!肇が、倒れてるんだ!?」
「え?」
手を引いて部屋へ連れて行くと、ノエルも同じ事を考えたのか、オデコに手を当てる。だが、やはり熱がないのか考え込む表情になった。
「ど、どうしたんだろ?」
「……これ、シフォン様に見てもらった方が良いかも」
話によると魔の瘴気に当てられたのかもしれない。との事らしい。
人間には濃い魔瘴が害になってしまい、目眩などを起こしてしまったのではないか。それがノエルの考えだった。
それを取り除く方法をシフォンなら知ってるかもしれないとの事――― 魔法使いなのだ。薬くらい作る事が出来るに違いない。
「探してくる!」
ルゥが部屋を飛び出そうとしたのを阻止した。
病み上がりで安静にさせていたのに家から出してしまったら、こっちが怒られてしまう。
「先に、ベットに寝かせるよ。それで、俺が探してくる」
「えっ……わ、分かった」
自分達より重い相手を何とかベットへと寝かせると、ノエルはそのまま家を後にした。
「ルゥ、すぐ戻るからジッとしてるんだよ!」
「う、うん…」
その言葉を聞いた後、見送った。
『瘴気に当てられた』
体に残っている毒素が肇の体を蝕んでいる。
このまま放置して何もしないで居るべきなのだろうか。ノエルには、ジッとするように言われたが、そんな事は難しい。
(そういえば……)
『場合によっては、体の害になるものを生命 と一緒に取ってしまう事がある』と確か夢魔は体に害な物が入っても中和されるはず。
それならば、自分で出来る方法って――それを考え肇を一瞥したルゥ。
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