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第6話①

 人間にとってこの世界の空気は毒。  更にルゥの“魅了”もその部類に値し、環境だけでなく魅了の気もプラスして昏倒を引き起こしてしまった。シフォンが促していた注意は、その事だったのだ。  どうして肇に説明をしなかったかと言うと、面倒なのもあったが、考えが追いつかず、パニックを起こすのが目に見えていた。  ルゥは最近、他人とまぐわう事を避けるようになった。  いまだに流される事は多々あるが、ルガーじゃない自分に少し酔っていた――そんな部分もあったのかもしれない。  その為、シフォンのいつもとは違うお仕置きは、ルゥの心を突き刺さった。   ――ある日の事だ。  換気をしようと窓を開けたルゥ。  すると、風に乗って何かが部屋の中へと入って来たのを確認して、慌てて手で掴んだ。  紙の様だ。しかも手紙の(たぐい)、その差出人の名をルゥが目にした時、胸のざわつきを感じた。 「……これ……」  そこには彼の父の名、魔王(ルシファー)のサイン。  何故、風に乗って――っと疑問に思うかもしれないが、方法に限り時々使われているやり取りである。  普通は人間界みたいに届くようになってはいるが、『相手意外に見られたくない』と言う時に使われる事が多い。  宛名はルゥではなかった。  それはそうだろう、自分が何処にいるかなんて知らされない限り、知りえる事が出来るわけがない。もしも探していてくれているなら、違うのかもしれないが―― (そんな事は、ありえないな……)  そこに書かれていた宛先名は、シフォン。 「それを渡してもらえますか?」  覗き込むように耳元で囁かれて、ビクッと体を震わせる。  ルゥの手から紙を取り上げる様に受け取れば、部屋へと戻ってしまった。  (ルシファー)に呼ばれるのは、よっぽどの事のはず――もしかしたら、自分の事かもしれない。  そして少しするとまた部屋から出てくるシフォンは、使役を目で確認すると外へ外出してくる事を伝えた。 「あ、あの。ボクもいきます」  普段なら、2つ返事でOKがもらえるのだが―― 「……いいえ、今日は私一人で行きます」  今回は否定されてしまった。  不安が顔に出ていたのだろうか、シフォンは優しく頭に触れた後、頬を優しく撫でる。 「私が心配ですか?」 「ちがっ!……います、けど……」  ”心配なんかしてない”そう否定してしまいたい。  でも自分の事で呼ばれているのなら、やはり御主人である男が気になる訳で。元に戻れなくなる可能性がある訳で――そんな言い訳を頭の中で巡らせる。  最初は憎く感じていた相手の筈だが、今では溺れてしまっているのを一番理解している。 「……ッ」  シフォンの顔が、接吻出来そうなほど近づいてきた。 「それでは、のが忘れられないんですかね?」 「――っ!」  思い出して顔が火照った。  気持ち良くて気が変になりそうになったあの時、この男の使役である事を思い出させられる“躾け”をさせられた。  それを喜んでしまうほど、理性とプライドは捨てたつもりはない。どんなにこの相手を慕ったとしても、それだけは無理だ。  そして、ルゥは触ろうとしてくる相手の手を反発するように、顔を背けた。 「……まぁ、良いでしょう」  否定した態度を取りはしたが、相手を見送る為後ろから付いていく。 (認めたくない。…)  玄関から見送る相手が見えなくなってゆく。  どんどんと先へ歩いていく。  シフォンは呼ばれたのか、それとも自分から申し出たのか、ルゥの知らない所で何かあるのは、とても不愉快な気持ちだ。  子供の様だと言われても構わない。家の中に入ると、すぐさま自分の部屋で一番身軽な服に着替えた。 「肇さん。ボク出かけてきますね!」 「じゃぁ、留守番してるよ。後は洗濯物畳むだけだろ?」  肇自身、記憶が曖昧で行為自体を忘れている。ルゥにとっては有り難い。  ノエル達にも口を酸っぱくして口止めをしたし、今は仲良くやれている。 「はい、お願いします」  自分がシフォンの使役だとか関係ない。  怒られるのも勿論覚悟の上で乗り込むのだ。彼が向かった“あの場所”へ。 ****  ルシファーが住む場所は城と言えば城だ。  高い塀に囲まれた大きな屋敷で、普段は表の扉に警兵が立っている。  誰一人、妖精一匹も入れないそんな場所に、抜け穴と言うものがあるのをルゥは知っていた。  小さい頃から脱走する為に使っていた通り道。  言ってしまえばその頃からグレていた、とも言える。 「うっし……。やっぱり手薄だな」  そう言いながら、ある一箇所の塀を少し強めに横に押せば、少しひびが浮き上がって小さな穴があいた。  飛び越えられない頃はこうして抜け出していた本当の抜け道だ。  素早く潜り込むと、動かした壁を元の場所に重ねて、すぐ移動する。  くだらない経験が役立ってしまった――そうしみじみ思いながら、屋敷の中へ入って行った。 (案内されるとしたら、客間として利用する応接間。もしくは親父の部屋か)  どちらであろうか、一番近い場所は応接間だ。  このまま隠れていても会えるわけがない、移動をしてしまおう。  扉の前までくると、座り込んでドアを指でゆっくりと開けて覗き込む。  お手伝いの姿は見えるが、誰かが通された感じはなかった。 「……いない。後は」  残るは父の部屋のみ。  そう思いながらゆっくりと音を立てないようにドアを閉めて立ち上がった。  何だか自分の家なのに泥棒みたいな行動は緊張してしまう。 (大丈夫。ここは、俺の家なんだからな。誰にも見つからないように、シフォンの所に行けば良い……)  軽く深呼吸をして心が落ち着かせると、今度は父の部屋まで移動となる。  廊下の角に差し掛かり、人が居ないか見渡す。どうやら此処には誰もいない様子だ。 (チャンス!)  このまま部屋までいけそうだと高を括った時だった。 「誰だ、お前」 「――っ!」  誰かに声をかけられた。心臓が止まりそうな思いをしつつ、振り向くかどうかためらう。顔を見られたら覚えられてしまうかもしれない、それだけは避けたかったからだ。 「誰だって言ってるんだ、こっちを向け!」  逃げて巻くしかない――  近づいてくる足音にタイミングを計る。  方向は、父の部屋。その近くにはルガーの部屋があったはず。今も片付けられていないのなら、そこへ隠れてしまえば、何とかなるかもしれない。  ダッ 「あ、このっ!」  足を地に蹴って走り出す。  少し遅れてだが、声をかけた人物も追いかけてきた。 (ひぃぃ……!)  いざ逃げると相手の足の速さに恐怖を覚える。  走ってすぐ曲がるが、人はいないのでぶつかる心配はなかった。次に左へ折れた先。そのすぐ側に“自分”の部屋がある。 「あッ!」  いつの間にか、相手に追いつかれていたみたいだ。  引っ張られて床に転がされると、そのまま逃げれないように押さえつけられてしまった。 「い、たッ」 「こ、子供かよ……。て、手間かけさせやがって……何処から入ってきた!」  息が上がっている相手は、20代前半くらいの漆黒の髪が印象的な男。  ルゥは相手の顔を見て一瞬驚いたが、表情を隠すように動ける片方の手で抵抗をする。 「ッチ……。このガキッ」  そっちの手も、強く押さえつけられてしまい身動きが更に取れなくなった。 「……っ」 「もう一度聞くぞ。何処から入った?」  シフォンが何をするか気になって忍び込んだつもりだったのに。  黙り込んでいると、押さえつけている腕に更に痛みの付加がかかった。 「……あッ、いったぃ!」 「答えな……」  骨にヒビが入ってしまうのではないか。と思える激痛が両腕に響く。  本当だったら、この屋敷内で一番力が強かったのに、今ではこんなにも脆くて弱い。 ――軟弱な生き物になったのだと再確認させられる。 「……っ痛…い」 「たく……強情だな」  男が溜息を付いてぼやいた時、誰かがやってくる足音が床に響いた。  それも一人じゃない。もう一人、並んで歩く様に近づいてくる。 「パナシェ、何してるんだ」  そこに現れたのは、彼よりも更に歳が上の男が2人。 「キルトに、ダナエ」  キルトとダナエ。  この2人も髪は綺麗な漆黒で、三人は兄弟か何かなのが分かる。  澄ました表情でルゥを見下ろしてくる二つの視線。目線をパナシェに戻すと、キルトが宥める様に言葉にする。 「まだ小さい子じゃないか、離してあげなさい」 「こいつ逃げたんだよ。だから追いかけて」 「お前が、怖かっただけかもよ?」  からかう様にダナエも会話に加わり始めた時、ルゥを押さえつけてた手が離れたのが分かった。  今のうちに離れようと、ゆっくり体を動かす。  相手を警戒しつつ、音を立てない様に、ジリジリと――でも、そんな簡単にはいかなかった。今度は、ダナエに壁へと追い込まれる。 「ひッ!!」 「へぇ。この子、夢魔じゃん……すっごい好み」  壁に押さえつけられて、顔が近づいてくると舐める様な目でみてくる。 「お……ねがい、します。離して」  残りの2人もルゥを取り囲むように立つ。 「うん。痛がって染まった頬が魅力的だ」 「……兄さんって、見た目と違ってドSだよね。本当に」  そんな発言をするキルトをげんなりした表情で言うパナシェ。  これは本当にやばいかもしれない。1人なら何とかなったかもしれないのに、3人からどうやって逃れられると言うのだろうか。このままだと、もしかしなくても、嫌な予感しかしない。 「味見したいんだけど、良いかな?」 (……やっぱり!!)  キルトがそう呟くように2人に言う。  それに対して抵抗しようとしたが体が動かない。違う、力の差で動かす事を許さない。 「……や、だ……ぃやだ…っ!」 「もっと抗ってごらん。目に溜まる涙が、また美しいよ」  ウットリした表情で言ってくる顔は、もう変態の域だ。  こんな場所で、しかも自分の家で犯されるとか誰が望んでしたがるものか。  自分の腕が取れようが、噛み付こうが、絶対に阻止したいルゥ。  それなのに抑えられては、何も出来ないこの状況が悔しくてたまらない。 「抵抗するなよ?」 「はは、後はどんな顔を見せてくれるのかな?」 「やっ……めろ……」 (こいつらに犯されるのか――? いやだ。ぃやだいやだ!!誰か、助けて……シフォン!!)

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