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第6話②
キルトの顔は、清々しいくらい微笑みをルゥへ向けている。
こんな表情でさっきから鬼畜な台詞を吐いている…涙目と苦しそうな表情をしているルゥの首に手を滑らせると背筋に悪寒が走った。鳥肌なんて生易しいものじゃない。
「――っ」
怖いと声も出ない、本当にその通りだ。
そのまま、首に触った手は耳の後ろへと回される。どうにか、どうにかしなくちゃならない。このままではルゥが一番なりたくない展開になってしまう。
「次は、俺の手で喘いで貰おうかな?」
(相変わらずだな……。この、くそド変態が!)
そんな事を思っていても手がふさがり、足を動かしても当たらない。
こんな切羽詰った気持ちでは、抜け出す考えすら浮かばない。
「――何をなさってるのですか!!」
大きな声が廊下を響き渡った。
3人はビクリと体を震わせ、音が響いてきた先を見ると現れたは、スーツを着た年配の魔族の男、見た目は40代辺りだろうか。しゃんとした立ち姿には本物の紳士の嗜みを感じる。
「……ロイ」
まずい人物に見つかった。そう言いたそうな顔をしている。
ルゥも男の顔を見て泣きそうだった涙が引っ込む…最近話を聞いたばかりなのに、まさか久しぶりに出会うのが屋敷になるとは――
(……ロイ、伯爵?)
彼はロイ。ロイ伯爵だ。――そう、マールの主人だった。
近づいてくるロイはルゥを相手から引き離しホコリを払ってくれた後、隠すように3人の前へ出る。
「何をされてるんですか?ここは屋敷の廊下―― あなた方はもう大人だと言うのに、こんな小さな夢魔を苛めて楽しまれているのは、如何なものかと思いますよ」
「……言葉もありません」
キルトが申し訳なさそうに謝る。
「もう少しルシファー様の息子という自覚をお持ちください」
そう、彼ら3人はルゥ、いやルガーの実の兄。
上からキルト・ダナエ・パルシェ。もし兄弟の特徴があるとするならば、皆黒い髪をもっている辺りだろう。
キルトは言葉も丁寧で優しいイメージがあるが一番やっかいなドSである。まだ、こっちの2人の兄達の方がまともな位だ――それくらい性格はそこまで似ていない。
「ところでキミ。名前は何かな?」
ロイはやはり、伯爵と言われるとおり物腰が柔らかだ。
「ルゥです」
「ほぅ。君がルゥくんか、そうか」
名前を聞いて嬉しそうだ。
マールから何か聞いているのだろうか…兄達に顔を向けると釘をさす。
「危ないところでしたね、キルト様方。彼は今日いらっしゃってる客人の使役です」
客人、と言う事は今回は、ルゥの早とちりになったようだ。
ロイの言葉に驚いた3人。
そりゃそうだ、さっきまで追いかけていた相手が客人の使役だと、誰が思うか。もう少しで傷を付けてしまうところだった上、父に叱られるのはそうとうの覚悟がいる――
「何であんな場所に」
パナシェの質問にロイが代わりに答える。
「きっと迷ってしまったのでしょう…この屋敷に入る機会などめったにありませんから」
“屋敷の中を見惚れている間に主人が移動してしまい、場所が分からず迷っていた”
その言葉には真実味を感じる。そこを声をかけられた時、逃げ出してしまったのかもしれない。ルゥはロイを見ると軽く目くばせをされたのに気が付いた――やはり優しい人だ。
「そうだったのか」
「ご、ごめんなさい」
パナシェに一言謝っておく。
「さてルゥくん。ご主人の所まで御案内しましょう」
ロイにそう促される。
彼に連れて行ってもらえるなら、何か粗相をする事もなく安心だろう。
さっきのような事が2回も起こる事もなくなる。申し出にルゥは承諾しようした時、キルトが声をかけて来た。
「ロイ、俺達に行かせてくれないか?お詫びとして――」
その言葉にルゥが警戒するように、ロイの後ろへと隠れた。
「……では、お願いしましょうか」
だが、予想外に申し出を軽く承諾されてしまう。
ルゥは不安だった。
気が付かれてないとしても実の兄達に何かされるのは、とても嫌な気分だ。
それでもロイは、相手が何もしてこないという自信があった。だからこそ、相手の言葉を飲む事にしたのだ…隠れているルゥの背中を軽く押して促す。
「大丈夫です。キルト様、彼の御主人はルシファー様の部屋です」
「……やっぱりな、客人は父さんの所か」
ダナエが納得したように頷く、ビクついて警戒しているルゥをロイ伯爵から引き離しそのまま父、ルシファーの部屋へと大移動だ。
「所で、客ってどんな人だろ?」
「さぁ、俺達には関係ないでしょう」
「誰なんだよ、チビ夢魔!」
パナシェに話しかけられて、答えるべきか悩む
まさか、実の兄に敬語を使わないといけないのか――それと何かを話してバレないとも限らない。
コウの時より緊張感が体を駆け巡る。此処に来て、まさかこんな緊張感を味わう羽目になるとは……シフォンに会うまで生きた心地がしない……。
(……つらい、この状況が)
この家に帰って来た事を後悔してしまいそうだ。黙り込んでしまったルゥに痺れを切らすパナシェ。
「――っお前…!」
掴みかかる勢いになった時、ダナエがそれを止めた。
「静かに。ちょうど父さんが、何か話してる」
いつのまにか、いや、悩みながら歩いているうちにルシファーの部屋に着いたようだ。
何もされなかった事に心から安堵する。
客の案内は大抵応接間を使っている、部屋へ案内すると言う事はそれだけ、大切な話を意味する。それを知ってる4人は気にならない訳がない……そっと近づきドアの奥へ耳を澄ます。
「ルゥくん、もうちょっと待ってて下さいねぇ♪」
キルトはとても良い笑顔だ。
その言葉にルゥも異論はなかった。自分も気になっていたから、こんな行動を一緒にしてしまうのを考えると腐っても兄弟なのだとしみじみと思ってしまう。
会話自体は結構進んでいるようで、内容は終わっている感じがする…もう少し早かったら話が聞けたかもしれない。
『そうか…どうしてすぐ知らせてくれなかったのかな、シフォン』
『私の夢魔が連れてきてしまったんです。それに私は貴方に会いに来るほど、暇じゃありません』
『相変わらずつれない……まぁ、君がしてる事にちょっかい出すつもりもないけどね』
『……』
『元気かな?君の夢魔は――』
『ええ、とても』
今聞こえて来る会話は、もう世間話の所だろうか。
色々と含みがあるように感じる言葉のキャッチボール、もしかしたらルシファーはルゥの事を知っているのではないだろうか、顔を合わせずらい。
ドアから離れようと後ずさるが、阻止されてしまう。
「おい、何処行くんだよ。ご主人を探してたんだろ?」
「……」
その通りだ――それに、もし父が知ってたからと言って、何故隠れる。
戻れるチャンスかもしれないのに―― でも、それだとシフォンのした事もバレてしまう。
(俺……?)
顔が少し青ざめる。
その事に気が付かれなかったのは廊下を照らすライトが薄暗かったお陰だろうか。
逃げようとするルゥを押さえつつ、まだ会話を聞こうとする兄達。
「お、おい。聞こえないだろ?」
「パナシェ、また貴方は苛めてるのですか?」
「ち、違うよ。何で俺が!」
バンッ
ドアが勝ってに開き、部屋の中にいた2人と目が合う4人、開けたのはシフォンだった。来ていたのは初めから気が付いていたのだろう。
「き、奇遇ですね。父さん」
キルトの台詞にルシファーも笑顔で答える。
「本当だな。客人の相手の最中だ…何か用か?」
そして側に居たルゥと目が合うと、焦るようにシフォンの後ろへと隠れた。まだ心の準備が出来てない…それだけじゃないけど……その先の考えが自分の中で出てこない。
「君の夢魔か?」
「ええ、少し初対面にはダメでして。挨拶も儘ならなくて申し訳ない」
それに嬉しそうに口元を緩ませるルシファー
「別に気にしないさ。 さて、君の話は了解した。後で私が何とかしよう」
二人の会話は終了した、少し中断した感じは否めなかったがシフォンはルゥに帰る事を促し部屋を出る、少年も少し後ろめたい気持ちで後を着いていった。
「主人って、あの魔法使いかよ」
ぼやくはパナシェ。
まさか魔法使いの夢魔に手を出すなんて恐れ多い、自分の父の逆鱗に触れる次に面倒事になっていたに違いない。そう思うとロイが止めてくれた事を心から感謝をする。
だが――
「お前達は聞き耳を立てていたのもあるが…“彼”に何をしようとしたのかな?」
「――!?」
笑顔が怖い…まさか、3人が何をしようとしてたのかを知ってる口ぶりだ。いや知っていたに違いない…そんな感じが伝わってくる。
「私に分かるように説明してもらおうか?」
良いスマイルだ。しかも、こっちに来るよう手招きをしている。
「……はぁ、3人で怒られるとしようか」
「……マジっすか…」
****
廊下を歩いていたシフォンが立ち止まった。
「さて、ルゥ。あなたはどうして来てしまったのでしょうか?」
どうやって入ったとかは、問題ではないようだ。
ここに来た理由、それが知りたいのだろう。
「……ごめんなさい」
ふとシフォンは、ルゥの手に付いている痣に目がとまる。
側にしゃがむと良く見えるように手にとって調べる。触られた瞬間痛みが走った、思っていたより強く握れれていたようだ。
「痛っ……シフォン様、たいした――」
そう大した事じゃない、ロイのお陰で未然に防がれている。
ただ手に残った痣はパルシェにより押さえられた時に出来た痕、自分が逃げた時のモノだ…少し時間を置けば見えにくくなる筈だ。
「これは?」
「えっと、パルシェ達に少し……」
言い辛そうに目を逸らす、だがその言葉だけで誰の事か理解出来た。
「そうですか(……自分の弟に、気が付かないとは)」
シフォンが連れて来なかったのは、彼の為だった。
容姿は髪の色以外変えたつもりはない。髪の色さえ黒になれば、知ってる人はすぐ分かるはずなのだが、だからこそ、コウも気が付きそうになった(魅了の事もあったが)だけど彼の兄達は気が付かなかった。それは彼にとって幸なのか…不幸なのか――
ルシファーとは大違いだ……そう思いながらシフォンは痣の部分を一撫でした、すると少しだが痕が薄くなり痛みも引いてきた気もする。
「……ま、魔法」
間近で見た初めての魔法に目を輝かせて見るものの、あっさりと否定されてしまった。
「違います、私は回復は得意ではありません。これは煎じた薬草の粉です」
粉を少し手に塗り馴染ませ、少し痛みを引かせたらしい。
やはり、薬草を取りに行くだけはあって、薬には詳しいのは伊達じゃない。
「……凄いですね♪」
嬉しそうに言うルゥの表情に少しときめいてしまったシフォンは、相手の頭を強く撫でて顔を見られないようつとめる。
「い、痛いです。シフォン様!」
グシャグシャな頭と揺さぶられた振動にフラフラしながらルゥは、思い出した事を報告した。
「そうでした。ロイ伯爵に助けてもらったので、この痣くらいで済んだんですよ」
その時、二人のもとに誰かがやってきた。
「お帰りですか?」
その声の方へ顔を向けてみると、やって来たのはロイ伯爵だった。
それに――
「お兄ちゃん!」
「え、マール?」
一緒に居たのはマールだ、二人は恒例のぎゅっとハグし合う。
「お兄ちゃん、どうしてここにいるの?」
「え、えっと。シフォン様に付いてきて」
嘘を付きたくなかったけど、忍び込んだとは言えない。
シフォンは少し呆れた顔をしたが、それ以外は何も言わなかった。
「伯爵。その子があなたの?」
「はい、マールと言う名前です」
マールは元気良くシフォンに挨拶をする。
「初めまして、お兄ちゃんの主様ですか?」
「ええ、宜しくお願いします。私はシフォンと言います」
何だかマールが居るだけで、気持ちが和んでしまう
マールは、会えたのが本当に嬉しかったのだろう、またくっ付きながら今日の話をし始める。
「あのねお兄ちゃん。今日は主様の仕事に付いて来たの、頑張ってごほうしするん――」
その言葉にマールの口を塞ぐルゥ。
「ま、ままマール!その言葉、こんな場所で言っちゃダメぇ」
ここは廊下だ、誰が聞いてるか分からない。それに2人に聞こえたら大変だ。だから小さい声で注意したのだけど――
「ぷぁ……主様には何度も言ってるもん」
頬を膨らませ、ふてくされる姿が愛らしい……ではなく、哀れなロイ伯爵。手付かずな相手から御奉仕と言われるのは辛かろう。純粋とは、なんて恐ろしい事なのだろうか。
「伯爵、あなたなら、もっと上の年齢でも良かったのでは?」
二人がじゃれ合う姿を見ていた飼い主2人、ちゃんと会話は聞こえていた。
シフォンは、それをあえてロイへ質問した。
「確かに――ですが、私があの子に一目惚れしたのでね。こればかりは、譲れんのですよ」
その目は大切な孫でも見るような、もしかしたらそれ以上かもしれない。
「ふぅ……人間の世界では犯罪らしいですよ。お気を付けて」
「はっはっは、面白い冗談をおっしゃいますね。大切にしますとも」
否定も肯定もしなかった。侮(あなど)れない。
その言葉は何処までが真実で偽りだと言うのか…シフォンと同じくらい掴みどころがない人だ。
「そう言えば、私のルゥを助けて頂いたみたいで――」
「めっそうもない、大切な客人の使役ですから何もなかったようで何よりですよ。それに彼には、私のマールめを助けて頂いた御恩が御座いますからね」
「いえ、それくらい出来て当然ですよ。自分より小さい子を助けるのは“お兄ちゃん”の役目です」
その言葉に楽しそうに笑い出すロイ。
「そうですね、良いお兄ちゃんが出来て何よりですね」
「……」
伯爵とシフォンは、何だか大人の会話をしている。
何だか見ていて、こっちが苦しくなってきそうだ、そんな事を思っているルゥにマールが話しかけてくる。
「ねえ、お兄ちゃん。今度一緒に遊ぼうよ」
「え?」
喜んでくれると思ったのだろう、ビックリした顔に悲しそうな表情をする。
「ダメ……?」
「ダメじゃないけど…ご主人様が、良いって言うかな」
それは大丈夫と言う顔をされる。まぁ、あの人だからきっと2つ返事でOKあげてしまうに違いない……目に入れても痛くないと言うのはこんな感じの事を言うんだろう。
「じゃぁ、許可を貰ったらね?」
「うん、お兄ちゃんとお出かけだね♪」
どっちかと言うと自分が貰えない様な気がするのが怖い…もし貰えなかったら、約束を破る事になる…それだけはマールの為に断固して出掛ける許可を貰わなくては―― マールの為に頑張るお兄ちゃんの意思は固い。
その間もマールのお話は止まらない、どんなお手伝いをして来たか、これから何を手伝うのか…今からする御手伝いは、ロイの側で大人しく座ってる事らしい……
(それは御手伝いと言うより――)
やらせてあげられる仕事がないって事なのだろう、口が裂けても言えない。
「ルゥ、そろそろ帰りますよ」
「あ、はい」
シフォンが呼んでいる、きっと結構話していたに違いない。
何だか可愛い弟みたいなマールとお別れするのが寂しくなってしまう。やっぱり、泣きそうな顔をされるのだろうか、慰める気持ちで目を向けてみる。
「お兄ちゃん帰るんだね、またね」
「う、うん」
考えていた以上のあっさりとしたお別れだ。何だか、こっちが寂しくなってしまう。
「今日は主様の御手伝いだから、ぼくは平気なの」
なるほど――自信はそこから来ているみたいだ。
気が高くなって背伸びをしてる感じが可愛らしい。
「だから、ぼくがお兄ちゃんが寂しくないようにぎゅってしてあげるね」
そう言って手を広げてみせた。
「ま……マール…」
お言葉に甘えて今日はルゥから抱きついてぎゅっとハグをしあう、絶対遊びに行ける時間を作るぞ!と、心の中で思うルゥ。
ロイ伯爵とマールに見送られて屋敷を後にする。
門番には少しだけ不思議そうな顔をされたが、出て来てしまえば追いかけられる心配も無い、守るのは家なのだから、それにシフォンも側にいる。
客としてやってきた相手と出てきたのだ、不思議でも問い詰めることも出来ないだろう。
ルゥは、ふと思い出した事を質問する。
「シフォン様、今日は何の話をしてたんですか?」
「肇の事です」
話した事は『次元の歪み』 そして、肇の帰す方法。
次元の歪みはとりあえず落ち着いているらしい。そして、肇はルシファーの手により帰される事になった。ただ悪い条件があるとすれば、記憶を一部置いて行く事になるくらいだ……。
「それじゃ、帰る時って……」
「ええ、ここでの記憶は無くしてもらいます」
仕方が無いかもしれない。ここでの記憶があったとしても良い事はないだろう。
少し寂しい気持ちになってしまうルゥだったが、それが理なら従うしかない。
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