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第7話①
魔界には魔法が使える者がいる。“魔”の者とは似ても似つかない雰囲気を持つ、樹海にひっそりと住む魔法使い――もう一人は丘に住む魔法使い
2人は仲が悪い。どちらかと言うと、一方的に丘の方が疎んでいる関係だ。
だけど、この関係を知る魔界の者はほとんど居ない。
++++
風と一緒に手紙がシフォンの家にやってくる。
それは魔王 からの手紙。
『準備が出来た為、用件の人物を連れてきたし』
とうとうこの日がやってきた。
あんまり長い時間居たわけではないが、もう肇とはお別れの時。
ルシファーの元へはシフォンと肇だけで向かう事になった。
本当はルゥも一緒に行きたかったのだが、今日に限ってマールの約束を許可されたので会いに行かなければならない。きっと、業とそう仕向けられたのだろう。
「……シフォン、ずりぃ……」
見送りたかった――そう思いながら頬を膨らませてみるも、その人物はもう出かけて行った後なのもあり、様も付けないで悪態を付いてみる。
「様を付け忘れてますよ?」
後ろから聞こえた声に鳥肌を起こし、慌てて振り向いた。
「あは、似てた?シフォン様のマネ♪」
そう顔を出したのは、ノエル。
まさか態々戻ってきたのかと心臓が止まりそうな想いをする…まだバクバクと鳴っている―― 何だかとても騙された事が悔しい……驚いた自分にも腹が立ってくる。
「ごめんね、泣かせるつもりなかったんだけど……」
涙目になっているルゥを見て、優しく拭いながら謝る。
まさかそこまで驚かれるとは思ってもいなかったのだろう。それにしても、そんなに声が似ていたのだろうか。
「ち、違う……。な、泣いてないし」
ふてくされながら言うルゥが、愛らしい…ギュッとハグをしてしまう。
「マジで天使♪」
「ひゃあっ!ちょ、ノエルさん。何処を触ってるんですかぁ!」
今の弱点である尻尾を触られてセクハラされたのような悲鳴を上げる。
肇がいなくなってもこの日常は変わらない。
人間の友人がいなくなるのは寂しいけど、ノエルのお陰で少し元気になった気がする……悪戯は嫌だけど――
さて、マールとの約束がある、早く出掛けなければ。
「あれ、お使い?」
「シフォン様から、お出かけの許可を貰ったんです」
さぁ、今日は何をしよう。いつもの仕事から離れての休暇。
マールと遊びたい。けど良く考えたら“遊ぶ”ってした事がないので、むしろ昔から悪戯ばかりして周りを困らせていた記憶しかない。
(本当、俺ってろくでもない……)
しみじみと考えてしまう。
****
シフォンに付かず離れずに着いて行く肇。
行 なう場所は、屋敷の地下だ。
玄関でロイに出迎えられると、彼に案内されてやってきた2人は先に待っていたルシファーと顔を合わせた。
肇は緊張してるのか、こわばった顔をして相手を見据える。
まさか生きて魔王と呼ばれる人物に会えるとは、人間としては生きたまま地獄に落とされた気持ちに違いない―― いや、ここは魔界だ。あながち間違ってはいないかもしれない。
だが、地球とは別世界と言うのに、今まさに実感が沸いてる事だろう。
「待っていたよ。彼が例の人間か?」
「そうです。これでやっと送れますね」
送るとは悪い意味じゃないだろうか。そんな風に不安になってしまう。
その理由 は、ルシファーの足元にある。
漫画などで見るような図形でなく、もっと複雑な作りをした禍々しい魔法陣が描かれていた。
(……これ、大丈夫なのかな……)
その魔方陣を見てゲンナリした顔をしていると、ルシファーが話しかけてきた。
「――きみ」
「はいッ!俺です!?」
唐突な声掛けに驚きのあまり変な返事をしてしまった。
近づいてくる相手に、これからの事を説明された。
「そう固まるな、すぐ済むさ。この魔方陣は君を転送する為の転送機……とでも、思ってもらえると良い。その代わり贄 が居るんだ」
「贄?」
「君の記憶。ほんの一部だ、問題はなかろう。戻っても生活には支障はないんじゃないかな?」
あえて理由を濁した。
肇も生活に問題が無いと言う辺りで納得をする。
大丈夫だ、特に困る記憶はないはず。一部なら一時的な物、勉強や時間の記憶がアヤフヤになる程度だ――そう思った。
「はい、構わないです(それに、ここの貴重な思い出もあるしな)」
知らないと言うのは、幸せかもしれない。
でも少しの間だったが、寂しくなるは肇も同じだ。
「肇」
シフォンが近づいてきて何かを手渡した。
それは綺麗なペンダントだった…男でも女でも付けれる作りになっており、真ん中に紫のビーズくらいの大きさが付いている。目を凝らさないと見えないがなかなか綺麗な石みたいだ。
「これは?」
「私からの、せんべつです。これは魔よけになります。その代わり、誰にも渡してはなりませんよ?」
どんな物なのか知りたい。そんな表情してるので説明をする。
「それは、他人に渡すと大変な事になります…まぁ、貴方がそれでも良いとおっしゃるなら別ですが――」
何だか良からぬ物を受け取ったのではないだろうか。そう思わずに居られない。
だが、手に取ったからには貰わないのは失礼な訳で―― 生真面目な考えを持つ肇は、とりあえずもらったペンダントを首に掛ける。
「渡さなければ良いんだな、気をつけるよ」
地下の魔方陣から風が巻き起こる、どうやらルシファーの準備が終わったもよう。
「さぁ、これで帰れますね。さよなら、お元気で」
シフォンは別れの言葉を相手に伝える。
肇もその言葉に答えるように、頷いて気持ちを言葉にする。
「あぁ、お世話になりました。それじゃ」
肇が魔方陣へ足を踏み入れた。
すると竜巻のような風が肇を被い突風が巻き起こった、そして一瞬。ほんの少し光を放つと、それは音もなく魔方陣と共に消えてしまうのだった。
気が付けば、肇の姿はない。あっと言う間の出来事――
「ふぅ、完了。さてシフォン」
「はい?」
ルシファーは呆れた顔をしている。
「お前、ここの記憶が消える奴に“約束”させてどうするんだ」
「あぁ。これはウッカリしてました、私とした事が……」
とても胡散臭い笑顔をルシファーに向けている。
業と渡して約束したとしか思えない。
「……何を渡したんだ?」
「大した物ではありませんよ」
シフォンが渡したのは、ただのペンダントではない。
この男が作製した石を付けたアクセサリー。それには夢魔のような力、『毒素を中和する』働きをもっていた。
――思っていた以上に上手く出来たので渡した。
これで肇の体に残った毒素も無くなる筈だ。ただ――
「その代わり誰かに渡したら多少、発情される可能性があるくらいです」
肇専用に作ったというのもあって、他の人間にどんな害があるかまでは計算などしていない。
ここの記憶が消えると言うのに、約束をどう守れと言うのか。
最後まで可哀想な肇、良い別れが台無しだ。
「……(哀れなり、青年よ)」
ルシファーは同情をする……心から――
やる事は済まされた、場を去ろうとするシフォンはルシファーに呼び止められる。
「そう言えば、息子達が邪魔で話が途中だったな。あの子とは、上手くやってるかい?」
ルゥを連れて来なくて正解だったのだろう。
「ええ、私に従順ですよ」
嫌味を込めて言ったつもりだったのだが、それに対して屈託の無い笑顔でルシファーは言葉を返す。
「……君が良ければ差し上げるよ。そっちの方が良いだろうしな」
まるで物を差し出すように飛び交う会話。
「それは―― あの子が決める事です」
そう相手に伝えると地下の階段を上ってゆく、もう此処には用はない。
もしも用があるとするならば、いつか向こうからやって来るだろう
****
ルゥは服をタンスから引っ張り出す
「うん、これで良いかな…?」
「服に気を使うんだね」
「遊ぶって言われたから……」
遊ぶってどう言う事か分からない。
もしかしたら泥をかぶるかもしれない――そう思いながら今着ている服を脱ぎ始める。
するとノエルが何気に思った言葉を言う。
「もしかしてさ、遊んだ事ないの?」
ルゥは顔を一気に赤らめた。
「そ、そんな事ない!」
まだ着替えてる途中だ、上半身裸で抗議されても説得力の欠片も無い姿も対し、嬉しそうに見ながら言われる。
「そんな事してなさそうだもんね~。大丈夫、大丈夫。内緒にしてあげるよ♪」
誰にとは言わない辺りが、いやらしい……。弱みを握られたようで何だかやるせない気持ちになるのは凄く悔しいが、そこをノエルに宥められた。
「ほらほら、怒らない」
「ひゃぁっ!」
「ふふ。くすぐったそうな声が堪らない……」
また尻尾を弄りながら零れそうな涙を舐め取る。
その行動にビクッと体を震わせた。そんな美味しそうな姿をしているが悪い―― そう思いながらノエルは、アゴに手を乗せて顔を向かせる。
「ん……ふぁっ」
「うぅん、ご馳走様ぁ♪」
――今回は接吻だけ
尻尾も弄られていたルゥにはダメージがでかい。
「本当は“食べたい”んだけど、今日は遊びに行くんでしょ?」
意地悪な感じに言われてしまった…間違ってはいないが、ちょっと――
(ち、違う……足りない何て思ってない……!!)
ノエルに悪戯されながらも気を取り直して、着替えを終わらせると待ち合わせの場所に向かった。今日は樹海と下町の境め…入り口…そこで落ち合う約束になっている。
時間とかは決めてる訳じゃないけど、急いで向かう。
森の中を走って下町が見えた先、そこにソワソワしているマールが見えた。
やっぱりもう来ていた。こちらに気が付いて大きく手を振ってくる、それに答えるようにルゥも手を振りかえした。
「お兄ちゃん、こっちだよ!」
「マール、お待たせ」
今日もぎゅうっと抱き合う二人、本当に仲の良い兄弟のようだ。
その2人を楽しそうに見つめている人物が1人いた、最初に気が付いたのはマール、ルゥの裾を引っ張って聞く。
「お兄ちゃんのお友達?」
「え?」
ハテ……何の事であろうか、ここまでは一人でしか来てないと思ったのだけど、指をさした先にいたのは見覚えのある人物――
「の、ノエルさん!」
あのまま別れたとばかり思っていたのに、着いてきていたらしい。
マールを見ると紹介して欲しそうな顔が伺えた。
まぁ…ルゥにちょっかい出したとしても、ここまで小さな子に秩序を乱すような事はしないだろう。
「えっとね…。前に会ったコウさんの相方 で――」
「ノエルだよ、宜しくね。マールくん♪」
コウの事をちゃんと覚えていた、その知り合いだと知って嬉しそうに挨拶をした。
「初めまして、マールです!」
何とか挨拶も終わった、一安心。
するとマールに、また服の裾を引っ張らた。何だか照れている様子……。
「……ぼくね、お兄ちゃんと一緒が一番嬉しいよ?」
「マール……えとね、ボクも大好き…」
突然の事でこっちまで顔を赤くなってしまう、きっとルゥが溜息ついたのをちょっとマールなりに勘違いしてしまったのだろう。
ハグハグしあう可愛い2人。この可愛い生き物って……そう思いながら小さい夢魔が、ジャレ合っているのを眺めているノエル。
(あ~……コウは、きっと居た堪れない気持ちだったんだろうなぁ)
なんて、しみじみと感じる。
これは、向こうに自覚が無いぶん見てるこっちが恥ずかしい。その後、2人は木陰に座ると、お話タイムだ。
楽しそうにマールが話すのをルゥは眺めながら聞いている。――だけど、何かが違う……ノエルは二人の側に行くと質問した。
「ねぇ。遊ぶのは良いけど、何処か行かないの?」
何気に尋ねたノエルの言葉に、2人はキョトンとしている。
「そう言えば、考えてなかった……です」
「ぼくは、お兄ちゃんに会いたかったし、嬉しいよ!」
ルゥは考えてなかった上、マールは理由にもなってない。
「……(まぁ…俺はルゥ達が楽しそうなら、良いけど)」
「じゃ、じゃぁ、ノエルさんなら何処行くの?」
ルゥが真剣な顔で質問して来る。
本当にこのままでは、いつもと変わらない―― てっきりマールが振り回してくれると期待していたルゥは、少し焦った。
着替えてまで遊びに来てるのだ、何か良い遊び方はないだろうか……でもいざ、そんな事を聞かれると困ってしまうのはノエルだ。首をかしげて考える。
「う~んと……木登りとか、水遊びとか」
ふと言葉にして、登りがいがある木は樹海くらいしかないし、川といっても近くにあるのは激流くらいだ。
ルゥは、きっと樹海に連れて行くのは嫌がるだろうし、どちらにしろ無謀な選択である。
なかなか纏まらない話。このままでは折角もらった休みが相談だけで終わってしまいそうだ…何で考えてなかったんだろうかと、後悔してしまう。
『ねぇ、ヒマそうね』
突然声が聞こえた。声の感じからして女の子に聞こえる…どこから聞こえて来るのか、3人は当たりを見渡してみるが、声の主は見つからない。
そこに何かを見つけたのか、マールが指をさしてルゥを誘う。
「お兄ちゃん、あっち!何か居た」
「え!ま、待ってマール!」
樹海の方へ走っていく小さい夢魔をルゥは追いかける。間違えれば出て来れない…それだけは避けたい。もし何かあったらロイ伯爵にどんな顔して今後会えば良いのか――
「マール!」
草をかきわけて追いかけると、立ち止まっているのを発見する。何かを見上げている…ルゥもマネをしてその方角を見た。
「お兄ちゃん、あれは何?」
何かが飛んでいる…最初は虫かとも思った。でも、そうじゃない…小さいけど人の形をして、羽が生えた――
「あれって……?」
「妖精だね」
ノエルが代わりに説明をしてくれた。
この世界には妖精がいる。
特に何かをする事はなく過ごしているが、たまに悪戯者や現金な妖精がいるのがたまに傷らしい―― ただ魔の者と違いあまり力はない。
本で見ただけのルゥは、本物を初めて目にする。よく見ると女の子みたいだ…とても繊細で愛らしい姿、さすが妖精と言われてるだけはある。
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