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第7話②
まるでこちらを誘うように場所を移動する妖精、此処は森の中―― 飛んでいった方向が分かるのは、仄かに光を放っているお陰かもしれない。
マールはそのまま追いかけてゆく、ルゥはまた見失わないようその後ろから付いていった。
「妖精が人前に一人って、珍しいね」
「珍しいの?」
ノエルが呟く言葉を鸚鵡 返しをする。
この世界に妖精がいる事自体は、珍しくない。
もし妖精を見かける事が出来る機会があるとするならば、夢魔を使役する奴がいる様に、妖精を側に置く奴がいる…そう言う人に出会った時くらいに会えるモノ―― 此処での妖精は、自分の弱さを把握してる上で相手を利用している。
妖精を側に置く者は、少し考えないと妖精に裏切られる事があるくらいだ。
妖精に対しノエルは心の中で疑心を抱く。2人は無力なエサだ。
ルゥだって今じゃノエルが押さえつける事が出来るほど力がない。もし、誰かに狙われたらシフォンの代わりは出来ない。
(コウでも連れて来れば良かったかな……)
そう思いながら溜息を付くも後の祭り、今更遅いこの状況。
今は樹海の何処を歩いているのだろうか、右も左も同じ木に見えてしまう。これで妖精を見失ったら、空でも飛ばない限り抜け出すのは無理かも知れない――。
ルゥは森の中に関しては同じ考えだった様子、陽はまだ高いにも関わらず薄暗い。このまま帰れるのだろうか。そこを小さい手がきゅっと自分の手を握った。
「大丈夫だよお兄ちゃん、ぼくが付いてるよ!」
不安が顔に出ていたのだろうか、マールが手を力強く握ってくれる。
本当に可愛らしい。
「……うん、ありがとう」
その好意が嬉しい、ルゥも少し元気が出てきた。
暫くすると、樹海から開けた場所に出た。
突然の眩しい光に目を瞑るものの、気持ちが良い風が体を煽った。
ここは樹海の外なのか、丘が広がっていた。
どうやって来たかは分からないが、こんな綺麗な場所があったのかと感心してしまう―― 妖精さまさまである……と、お礼が言いたくとも、森を出た所で見失ってしまった。
見渡してみると丸く円になった湖がある事に気が付く
凄い綺麗な湖だ…樹海を抜けた先にあったとなると、誰も来た事がないに違いない。
「わぁ。綺麗だね……」
ルゥが呟いた。3人で近くへ行って見ると誰も来てないのが覗 える……花も咲き乱れ本当に誰も手につけてないみたいだ。
「これだったらお弁当持ってくれば良かった」
ノエルの言葉に納得してしまう、こんなに所でノンビリと出来たのなら凄く楽しいに違いない……そんな事を考えながらマールにも話を振ろうと声を掛けた。
「マ――!」
だが、今まさにマールは湖に飛び込むような姿勢になっていた…ビックリしてしまったルゥは、自分の正体がバレた時以上の驚きで、慌てて止めに入る為、走っていった。
「あ、お兄ちゃん。水の中キレ――」
ドボンッ
マールは飛び込むつもりは無かった。なのに、止まれなかったルゥは、巻き込まないようにしようとした結果、勢いよく落ちた。 その姿に呆れ顔のノエル。
「何してるの、ルゥ」
「……早とちりで……」
とても恥ずかしい…普通考えれば嬉しくても服のまま飛び込む子は居ない、ルゥを除いて―― 陽は暖かい……でも、風が吹くと濡れた体にはとてもきつい。
体を震わせながら湖から這い上がる。
「うぅ、寒い」
全身びしょぬれ、服が体にくっ付いて透けて見える。
そこを太陽の光がルゥを照らし、金色の髪が輝き透けて見える肌は、より色っぽくみせていた……頬も寒さで赤く染まる。
ノエルは近くに居たマールの目を塞いで、その姿をマジマジと見る。
(ルゥってば、エロいなぁ)
――自分より小さなヒヨッコ夢魔なのに……
悪戯心を押さえつけつつ相手を見物してしまう。
それにしても濡れた服を着たままというのは、なんて気持ちが悪いのだろうか。上の服だけじゃなく、下のズボンの中までグッショリだ……何だか、ムズムズしてくる。
「うー…。もう我慢できない!」
――ダメだ脱いでしまおう!
そう思って上の服を脱ぎ始めたルゥ。
「ルゥ、脱いじゃうんだ……?」
「え?」
珍しく目を逸らされた。きっと良からぬ事でも考えてたに違いない―― マールがいる手前何も出来ないから、きっと口惜しいのだろう。
上の服を地面に置くと、余所見しているノエルの後ろへ、そっと近づく。それは勿論、湖へ落そうとする悪戯心から―― だったんだけど見破られたのか、腕を掴まれてしまう。
「あまーいッ!ルゥの魅了が近づいたら分かるよ♪」
「わ、わわッ!!」
バランスを崩した。
さっきの発言で分かったように魅了を制御出来てない限り、近づかれたり逃げたりするだけで相手に感ずかれやすい―― この前の屋敷の時のように(※第6話)
「え、ルゥ。まさか!」
また湖へ落ちそうになるのを止めようとしたノエルは、足が縺れてしまい一緒に落ちてしまった。
ザバァンッ
「ケホ……」
「……冷たいね……」
何をしてるんだろう――
自分たちの行動に呆れながら這い上がろうとした時、小さな影がさす。
それはマールも一緒に飛び込んで来て、また波がたった。
「ま、マール!服濡れちゃう!」
「お兄ちゃん達だけズルイよ」
そんな弟みたいな夢魔を宥めながら、水の中で大騒ぎ。
いつの間にか水の掛け合いになりつつ、楽しい時間を過ごせた事がルゥにとって嬉しかった。
こんな時間は生まれて初めてかもしれない…もし普通の生活なら、こんな風に過ごせてたのかな―― そう思いながら楽しそうな二人を見た。
……ザザッ
余韻に浸ってる時、何かが聞こえてきた。
気になって辺りを見渡してみるも、木が揺れた音じゃない。
ましてや地面の草が揺れた音でもない。いったい聞こえた音は何処からやって来たのか……音は更に近づいてくる。ノエルもマールを連れてルゥの側にやってきた。
水から上がるべきだろうか……
「……何かが来る感じだね」
ノエルの言葉に小さく頷く。
何かが来る音。それとも、ただの自然の音なのだろうか。どちらかと言うと自然の音であって欲しいと願うルゥ。だが、徐々にでかくなってくる音に二人は警戒した。
――だが、突然鳴り止んだ。
今度は静けさが辺りを覆う。
静かだ……聞こえるのは、湖の水が波を立てる音くらいだ――
…ポタッ
数分たったが何も起こらない…。
いったいさっきのは何だったのか…マールも心配そうだ。
「大丈夫だよ、ね?」
ルゥが優しく頭を撫でてあげると、安心したような顔でしがみ付いて来る。
それは、自分の不安な気持ちを落ち着かせるものになった。
……ポタッ
まただ。さっきから水が滴る音が聞こえる……2回も聞こえたのだ、気のせいな訳がない。
とりあえず水から上がろう。もしも危険なら樹海まで逃げれば良い…きっとシフォンが助けてくれる、ルゥはそう思っていた。
ノエルとマールが地面へ上がり、ルゥが上がろうとした時…影が大きく彼を包んだ。
「――!!」
気がつくのが遅かった…その影は、ルゥ目掛けて飛んで来るのだった。
****
チリン……リン……
薄暗い骨董品屋。
その店のベル変わりの鈴が音を奏でて、誰かが中へ入ってくる。
「姉さん、いらっしゃい♪」
とても嬉しそうに出迎えるのは、この店の店主マダラ。
やって来たシフォンにとってはもう昔から利用している馴染みの場所。
「今日は何もありませんよ。寄っただけです」
「ありゃ…それは残念」
そう言いながらも身を乗り出してくるマダラは、シフォンに言う。
「姉さん、もっと連れて来てくださいよぅ……品薄なんすわ……」
「……まるで私が攫 い人の様に言うのやめて下さい」
間違ってはいないような気もするが、本人も好きで此処に持ってきてる訳でもない。
気が付いたら噂がたち話がでかくなっていた。
最近は、ヤル気満々な魔族も何もいないもので少し前なら、囲んでボコろうとした輩や罠に嵌めて食そうとした輩など選り取り見取りだったのだが、お陰でマダラの懐もホクホクだ。
だけど最近は、手付けが出来なくて寂しい様子。それでも、シフォンを襲うのが止まない事は店にとっては有り難い事でして――
「まぁ良いですけど…この前の2匹で、まだ楽しめますし♪」
「……」
シフォンの噂は、自然と出来た物ではない。
誰かの恨みで出来たのだがその相手は、一度シフォンから痛い目に合っている。その為、手が出せなくなっていた。他人の手で葬る事を考えた結果が『噂』だったみたいだ。
それは、ことごとく失敗に終わっている。見ての通りシフォンの噂を信じてやってくる相手は潰され、こうしてマダラへ渡されているのだから……。
本人も根源は何となくだが、理解している。
それでも、そこに手を付けようとしない訳は―― 億劫 ……面倒だからであった。
言ってしまえば、『相手にする価値なし』って事だ。手を付けたところで、一度出た噂は無くなる訳も無いだろうが――
『見つけた、貴方がシフォン様?』
声がした。呼ばれた方に顔を向けると、そこには澄ました顔をする妖精が浮いていた。
「おや珍しい。私に何か用ですか?」
それは近づいて擦り寄ってくる。
『あんた、闇の匂いがする。黒魔術得意そうね』
「ええ…貴女は、闇妖精って辺りですかね」
妖精は「ふふ」と笑うとゆっくりと離れ、言葉に頷いた。
『まぁね。はい、言伝 を持ってきたの』
手には細い草が1つ。そこから風がなる様に録音された音声が流れてきた。
最初は気にも留めてなかったシフォンだったが、内容を聞いて眉を顰める。黙って最期まで聞くと葉を手の中で握りしめた後、音を立てて消し炭にした。
怒りを纏ったシフォンの魔法――
『……うわ、消しちゃった』
そしてシフォンは2人に何も告げずに、店を出て行ってしまった。
チリン……チリリン……
静けさだけが残された店内。
マダラは妖精に手招きをした。
「あれは、ものすっごい怒ってるよ。……私、知らないですよ?」
その伝言を残した相手を哀れむ、それを不思議そうな顔をする妖精。
『あ、やっぱり?……葉っぱにも八つ当たりしてたものね』
「うんうん、内容が内容だからしょーがない」
それだけ大変な内容だったのだろうか……。きっと相手は生きて返れないだろう。
返れたとしても、生きてる事を苦痛に感じる何かが待っているはずだ。
「拝んでおこう……。『新しい商品が来ますよ~に』」
ナムナムと手を合わせて祈るマダラは、相手の無事ではなく、商品の心配をする。
++++
寒さで目が覚めたルゥ……見覚えのない場所が視界に映る。
上半身は服を脱いでた為、裸だった。それがヒンヤリと体に触れて目が覚めたのだろう。
場所は、洞窟―― そう、洞窟のような作りの中に横たわっている。
(……俺、何をしてたっけ……)
思い出してみる。マールに会って森の中を進み湖を発見した…それで――
「それで、う……ッ」
体が打ち付けられたように痛い。
辺りには誰も居ないが、ノエルやマールは無事だろうか、心配だ。
とりあえず移動をしようと体を起こそうとした時、違和感に気が付いた。
「…………また、かよ」
何だか段々と慣れてきたような気がする。
手は縛られて、今回は足も縛られている。完璧に逃げられないようにされているみたいだ。
自分に恨みがある人物の仕業か、それとも――こんな状況に冷静なのは、これまでに色々とあったせいだろうか。
「思っていたより、泣かないな……つまらない……」
現れたのはローブを着た男性。もしかしたら、シフォンと同じ者だろうか……魔の者と違う雰囲気がこっちにも感じる。
ルゥは、相手を警戒した。
「へぇ、私を見て警戒するのか…面白い……」
「何の用だ?」
その言葉に男は言う。
「そうだな……用があるとするなら、お前のご主人様にだよ」
「……シフォン、様?」
いったい何のようだと言うのだ。
手でも足でも縛ってる物を相手が外した瞬間、逃げよう…そう思っているルゥは、その話をジッと耳を澄ませる。
「あいつがとても大切にする夢魔がいるって噂を聞いてね……私の手で遊んであげようと思ってさ」
「――っ!」
……手玉に取ってシフォンに何か危害を加えようと言う魂胆なのか、何て卑怯な奴なんだ……そう思いたいけど、昔の自分を見ているようで吐き気がする。
本当に、他人を傷つける事しか出来ないって言うのは、最低だと身を持って味わう。
そうだ、こんな奴に怒りを覚えている場合じゃない…マールとノエルは、どうしているのか――
「……ノエル達は、友達はどうした……!」
その言葉に意地の悪そうな目をして答えてくる。
「何、あの子達が心配なのか……だったら、私の言う事を聞いたら…連れて来てあげるよ」
そう言って近づいて来る男は、目の前でしゃがみ込んだと思うと、ルゥの顔を撫でた……そのまま滑るように近づいてくる相手の唇がルゥの口へ――
ガリッ
「――っ」
相手は顔を逸らした……その口からは、少しだが血が見える。それは、接吻を拒まれた印…お前には従わないと言うルゥの意志の表れだった。
「このッ」
怒りで上がる拳に目を瞑る……だが、何も起こらない。
ゆっくりと目を開けて相手を見ると少し遠巻きに離れていた―― いったい何なのだろう……拒んだ相手に何もしないとは思えない、何かを仕掛けてくるのか。
「私は、お前みたいなチンチクリンな子供には、興味ない」
「――なっ!」
腹が立つ、なんでこんな奴にそこまで言われないといけないのか……。
自分だって本当の姿になれば魅了があったとしても、そこそこイケてる男子だと言うのに……言ってやりたいのに言えないのが歯がゆい。
「不本意だが、本当はあいつのオモチャを奪ってやろうと思ったんだが……。更に気が変わった。あいつと同じで気に入らないお前を無理やりにでも従わせる」
そう言って指をクイッと上へ上げる仕草を見せた。
「?」
どう言う意味なのだろうか。苦痛がくる訳でもない――茶番なのか、自分をビビらせる為の行動なのだろうか。そう思っていた時、体に異変が起こった事に気が付いた。
「は?……これ……ッ!」
ヌルッとした触覚を感じる。気持ちが悪い感覚がルゥの肌を支配してくる。
(何かがっ……1つじゃない!)
それは1つじゃない、体の周りを動いている―― ニュルリとした大きなミミズのようなもの、それは最初は透明で分からなかったが形はある。
水で出来てるみたいだ。それが何個もルゥの体の周りを動いているのだ。
「あ……やっあ……あぅ!」
「それね、私が水の魔法で作ったんだ……触手みたいだろ?」
その蠢くモノはルゥの手まで行くと、凄い力で上へと引っ張り上げた。
吊り上げられた体制に苦しそうに息を吐く。その間に違う触手は胸元、ズボンの中の陰部へとやって来る。
「うあぁっ……や、やめっ!」
膝を付きたくても持ち上げられた体が言う事を利かない。
今まで、怖い目にあってはいたが、また恐怖を感じる体験があるとは誰が思える事か
ただアイツが、あの男が相手だったら抗う術も幾つかあったかもしれないのに……動かない体に涙が出そうになる。でも、相手に見せたくない。
その震える小さな体を確認した男は、質問する。
「どうだ、言う事聞く気になったか?」
男のその質問に、首を大きく横に振る。誰がこんな男の言いなりになるものか……自分が慕うのは――
「……誰が、お前なんか……あっ…うぁっ」
その言葉を聞いて、相手の目が据わる。
「あっそう……じゃぁ、本当に従順になるまで――“壊す”かな」
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