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奈落
薬草園の手入れをしていると、社を束ねる長に声をかけられた。
「香久良、ちょっとこちらへ」
「あ、はいっ」
ちょうど薬草の仕訳を終えたところで連れてこられたのは、奥向きの頑丈な扉の前…。
物心つく前からこの社で暮らしているが、この扉だけは絶対に近づいてはならないと重々言い含められてきた場所でもある。
「良いのですか?ここは近づいてはならない場所のはず…」
「今は特別です。さ、早く」
「………」
促されたものの、扉の向こうから感じるなにかが香久良を躊躇させる。
「里長の息子さんが中で待ってるから、行きなさい」
「え……?あ、……っ?」
夜刀比古も護矢比古も長の息子だ。
どちらなのか聞こうとしたが、そのまま扉の中に押し込まれた。
「ちょっと、何で押し込めるの!?」
「灯りがありますから、それを頼りに行きなさい」
「………」
しばらく押し問答してみたものの、扉は一向に開かない。
仕方なく灯りを頼りに奥へ足を踏み出した。
「…………」
そんなに奥行きがあるわけではない。
だが、いくつかの扉を越えると、背中にゾワゾワとしたものを感じるようになった。
『なにかしら…これ…』
足取りは重い。
出来るならこれ以上進みたくなはない。
でも、奥で待っている長の息子に会わなければ外には出られない。
夜刀比古なのか、護矢比古なのか。
出来るなら、行方の知れない護矢比古であってほしい。
そう願いながら香久良は先を急ぐ。
「ここで、終わり?」
突き当たりには、木が格子状に組まれた壁だ。
いや、壁というよりも牢の格子…。
その奥に横たわるのは、縄で縛られている若者…。
「も……っ、護矢比古!」
護矢比古が、そこにいた。
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