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その頃。
社の奥向きでは、体調を崩した香久良に護矢比古の母が付き添っていた。
ずっと思い詰めたような表情であったし、食事もあまり摂れていないのが気掛かりで。
なにより…、懐妊しているような気配が読み取れる。
「香久良ちゃん…」
薬草に関しての知識は群を抜いていても、男女の仲など気づかないような幼さがあった。
誰かを想ってはいても、一線を越えるような感じはなかったはず。
『誰と恋仲なのかはわからないけれど、もし、里の外に出ていくなら、一緒に連れていってあげたい…』
「どの家の子か、自分のことを知らないの」と香久良は言ったことがある。
が、護矢比古の母は、何となく気づいていた。
『今の長に嫁いだあの人の…従妹だったわ…。
香久良ちゃんはあの人に面差しが似てる。
確か…香久良ちゃんと年回りの似た惣領娘がいたはず。
もしかして、香久良ちゃんは獣腹の…?』
ならば、隠されるようにここで暮らさねばならないのも頷ける。
『獣腹の子らはお互いの幸せを奪い合うさだめ…。
本来なら生まれて直ぐに…。
それをせずに社へ預けられたのだとしたら、香久良ちゃんは…』
コトリ。
冷たい物が背中を滑り落ちていく気がする。
『この社の中でしか生きて行けない…。
社の外へ出たら、その時は…』
どうしよう。
外に出たのを知られたら、追っ手が確実にかかる。
他の里の領域まで、香久良を連れて駆け続けられるだろうか。
乗り物と言っても、不安定な丸木舟しかない。
それすらも乗ったことがないのだ。
『………っ、せめて、護矢比古がいてくれたら…』
頼みの綱の息子がいれば、どうにかなったかもしれないのに。
『………っ、社の人がダメなら、いっそ…』
長に頼むのはどうだろうか…。
自分たちが里を去ればこの先も波風はたたなくなる。
悋気持ちの妻にバレないように手だてを打ってもらえないだろうか…。
自分に出来ることはないか、護矢比古の母は思案を重ねていた。
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