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「やえさん」
「………っ」
扉の向こうから声をかけられ、意識が一気に引き戻された。
「………やはり、ここにいましたか」
「………」
扉を開けたのは、社の中で一番上にいる壮年の男性だった。
「看病をしたいのは分かりますが、根を詰めて倒れたら、香久良さんが悲しい思いをしますよ。
そろそろ部屋に戻った方がいい」
「でも…」
「少しでも休まないと」
「………」
二人を気遣う言葉を、そのまま鵜呑みにして良いものか。
「悋気持ちの奥方にされた長年の仕打ちが身にしみているのは分かります。
ここは完全ではありませんが、あの人の思惑通りにいかない場。
香久良さんのことは、この中の者しか知りません。
あの方も知らないこと」
「………」
長の妻すら知らされていない存在。
やはり、香久良は…。
「込み入ったことを話したいようですね。
少し離れましょうか」
香久良の眠りが深くなったのを確認して、ふたりは部屋から離れた。
「もし…」
「………?」
「もしも、私の息子が戻って来たら、親子ともども里を出ていきたいと思っていたのです。
その時に、許されるなら…」
「…………」
「香久良ちゃんを、連れて…行きたいと…」
男が息を呑む。
やはり、そうかと。
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