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『香久良!』 薄れる意識の中、冷たい床の上を這いずって格子に近づく。 社に住まう女性の服。 あちこちが土で汚れているが、裾につけられた模様は香久良のもの。 髪を結わえる紐も香久良のものだ。 何故だ? 夜刀比古にとって、香久良は大事な存在な筈。 なのに、縄で縛られて牢に入れるなど…。 もう一度確認し、違和感に気づいた。 『………っ、………どういう…ことだ…? ………香久…良…じゃ、ない…!?』 年廻りも髪の長さもほぼ同じ。 面差しも似ている。 だが、護矢比古の知る香久良と微妙に違う。 『まさか……、……香久良は獣腹の…!?』 徹底的に社に封じられるように育ったのも、外へ出ることを固く禁じられてきたのも、護矢比古の中で全てがつながった。 『ここにいるのは香久良じゃない。 獣腹の片割れ…』 あのとき、夜刀比古は何と言っていた? 『もうまだるっこしい真似はやめだ。 あの女もろともさっさと始末して…』と言っていたのは、てっきり自分の母親を指していると思っていた。 護矢比古と母親だけではなかったのだ。 邪魔な存在である香久良の姉も纏めて始末するという意味だったのか…! 『意識を混濁させてしまえば、よほどの事がなければ誰も気づかない。 獣腹の片割れが逃げたと騒いで、香久良の代わりに俺と母さんもろとも殺すつもりなんだ…』 背中を冷たいものが滑り落ちる。 自分の身代わりに片割れが処刑されるのを、香久良が唯々諾々と受け入れるとは思えない。 夜刀比古の考えだけの筈だ。 『そうまでして、……自分に都合の良いようにしたいか…!』 ふつふつと怒りが沸く。 普段、なるべく物事を穏便に済まそうとして生きてきた護矢比古にとって、数えるほどしかない明確な怒りの感情の爆発であった。

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