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人の気配は感じられない。 だが、何処で誰が見ているかは分からない。 俯せで昏倒している体勢から、薄目を開けてそっと周囲を伺ってみる。 『………里長の家から近い広場…か…?』 見覚えのある風景。 里の中でも有力な家が集まるあたりだ。 『ここからなら、社も近い。 隙をついて香久良の姉を家に戻してからでも回っていけるな…』 親しい間柄の者であれば、どちらかと判別出来るはず。 早く家族の元へ戻してやり、香久良と母親を里の外へと逃がしてやらねばならない。 夜刀比古に捕らえられる前に、何度も試した。 だが、香久良と母親を一人ずつ担いで走る形を想定していたため、二人を一気に逃がすには不安がある。 『弱リ切ッタオ前ニハ荷ガ重イノデハナイノカ? オ前ガ言ウコトヲ聞クナラ、我ガ力添エヲシテヤッテモヨイゾ…』 『………』 『我ガ欲シイノハ自由ニ動キ回レル依リ代。 オ前ノ体ヲ寄越スト約束スルナラ、二人ヲ逃ガス間ダケ助ケテヤル。 ソレナラヨイダロウ…?』 『………逃がす途中で俺ごと二人を喰らわぬ保障があるのか?』 『確カニアノ娘モ美味ソウダッタガ、今ハ事情ガ変ワッタ。 出来レバ関ワリタクハナイ』 『………』 『タカガ薬草ト思ッテイタガ、我ヲ削リ捲ッタカラナ。 アレハ取リ込ムニハ手間ガカカリスギル。 …オ前ニ残サレタ時間ハ少ナイゾ。 早ク決メロ』 『………』 香久良と母親を助けたい。 身代わりに引き出された娘も、親元に返してやりたい。 なによりも、残された体力が残り少ない…。 『助け出している間は、絶対に取り込まないと言えるのか? もとは夜刀比古が作り出したものだろう?』 『…彼奴ガ気ニクワナイダケダ。 心ガ揺ライデイル今ダカラ、支配下カラ抜ケラレル』 『…………』 良からぬものとの取引は気が進まない。 だが。 『救出が終わるまでは、絶対に。 その後なら、俺の体も魂もくれてやる』 『商談成立ダナ。任セロ』 背に腹は代えられなかった。 寝返りを打つ振りをして傍にあった布を引き寄せ、香久夜に被せる。 『行くぞ』 『アア』 体中に力が滾る。 香久夜を担ぎ上げてすっくと立つ。 どごおっ! 戸板が蹴破られた。

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