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あの泉を渡ってきた時に、何を思っていたのだろう。 苦痛を全て引き受けて死ぬ立場で生きてきて、鬼に生きながら喰われることを引き受けた咲良は。 死を覚悟して来ただろう。 なのにだ。 妻乞いと贄乞いの違いを知ったあとは、守弥のことをひたすら案じた。 「……………………」 必死で元々いた世界との道を開こうとした。 大事な婚儀を潰してしまった、と。 知らない世界に連れて来られてもだ。 すよすよ眠る咲良を見て、モヤモヤするものを守弥は感じる。 どう言えばいいのか。 …………………………後回し。 そう、全てにおいて自分が後回しなのだ、咲良は。 『少しは断れ……』 それを一言言わねばなるまい。 モヤモヤはするが明日へ後回しすることにして、守弥も布団にもぐり込んだ。

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