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その頃。 社でも里の中の騒ぎに気づいた者達がいた。 「とうとう始まってしまった。 やえさん、貴方の身があぶない」 「え……?」 「時期さまは、この機に乗じて自分に邪魔な者達を全て始末するつもりでいます。 ここで匿われているのも承知されています。 だから、今の内に林の向こうへお逃げなさい」 「………どうして…」 護矢比古は里の要職を固辞していたし、長もそれを了承していたはず。 「それだけ奥方の悋気が深かった…と言えます」 「そんな…」 「里に渦巻く黒い気の渦は、常人にも見えるほどに強まっていました。 其れが人々に悪い影響を及ぼしているのは気づいていましたね?」 「………」 「呪いの元を探しても見つからない。 ………見つかる訳はないのですよ。 確たる形ではないのですから」 簡単に荷物を纏めて、裏口から林へ出る。 「形ではないなら、なんなのですか…?」 「心の持ちようと思います」 「心の…?」 「日々の生活で上手くいかないこと、思いが伝わらなくて悔しい思いをしたこと、大事な跡取りが病弱で先が見込めないこと…。 上手くいかないのは自分のせいではない。 こんなに蔑ろにされて辱しめられて、なぜ耐えなければならないのだ。 悪いのは、横槍を入れてきた彼奴ら親子だ、と…」 「あの方が…」 「そうです。 あなたを林の向こうへ追いやった奥方と、その息子である時期さまが長年心の中に積み重ねてきた黒い思いが、今形になって里の中を渦巻いているのですよ。 あの親子を逃がすものか、虚仮にしてきた里の者を許すものかと…。 だから、許嫁の娘もろとも、貴方がた親子を始末するつもりなのですよ」 「長は…?黙って見ているような人では…」 「とうに呪いに飲み込まれて二人の傀儡と成り果てています。 きっと貴方の息子はここに来る。 家にたった一人残されていることをとても案じていましたから。 気になることはたくさんあるでしょうが、二人だけで逃げなさい」 「………っ、でも、香久良ちゃんは…!」 自分を案じてくれたあの少女を、置いてはいけない。 「里に満ちた黒い気配は、人の心も土地そのものも衰弱させ荒廃させました。 なにかのせいにしなければ、里人も気がすまないでしょう。 不吉な獣腹の子の存在に気づいてしまったなら、それをこじつけて抹殺しにかかる。 でも、あの社から出ない限り存在は知られない。 私が責任を持って守り抜きます」 「………」 どうにか一緒に連れて行かせてやりたいが、事態はもう、悪化の一途を辿ってしまっていた…。

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