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光がゆるりと、形をかえる。 「さ……くら……?」 穏やかな笑みを浮かべる小さな童子は、確かに弟そっくりだった。 『咲耶……』 「咲良……、考え直してくれないの?」 『ごめんなさい。 わたくしは……大好きな皆に悲しい思いをしてほしくないのです。 許してください』  「風を呼ぶってどういうこと……?」 『言えません。 きっと咲耶は泣いてしまうから。 わたくしが全部を持ってゆきますね』 手のひらサイズの咲良が目を閉じた瞬間、フワリと一陣の風が生まれた。 「……っ、……!?」 『わすれのあとには、ことほぎを。 ふきませかぜよ、とくはやく』 ビウっ! 緩やかな風は渦になり、咲耶を掠めて流れていく。 「さく……ら……、やめて……っ」 『とばせとばせよいみこのきおく。 わすれわすれてえむように。 ふいたのちにはいやさかを……』 少しずつ、咲耶の中から咲良の記憶だけを削り取っていく。 『とばせとばせよいみこのきおく。 わすれわすれてえむように。 すべてわすれてえむように……』 「……………」 咲良との記憶だけを抜き取り、風は玄関へと吹き抜ける。 家族に残る記憶も打ち消しながら。 『今度は、頼りがいのあるお兄ちゃんとして生まれてきますね。 さようなら、咲耶……』 眠りに落ちた咲耶の頭を優しく撫で、小さな咲良は虚空に消えた。

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