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咲良に関する記憶だけを全て打ち消し、風は屋敷の外へと吹き抜けてきた。 「終わりましたか?」 「はい」 闇に紛れて立っていたのは宮司だ。 差し出した手に小さな童子が乗る。 「存在の全てを消していなくならねばならないなんて、そこまでしなくても良かったのでは……。 宮司さまは、何故お止めにならなかったのですか?」 「そうですね。 でも、あの子が其れを望みましたから……」 「悲しいです。 誰にも知られずに儚くなるのは」 小さな童子の式神は、もう一度屋敷を見つめる。 「災厄の流れを一方通行にした上で殊更家族との繋がりを薄くしていたのは、この時の為だったのでしょう。 一人に全てを押し付ける罪悪感を抱かせないように……。 忘れの呪(まじな)いの言葉が物語っているでしょう? 全てを忘れて幸せになれと」 「………………」 「お役目を終えて帰ってきたら、こっそり連れてきてあげましょうね」 「はい……っ」 既に西へ傾いた月を見上げ、異境の地へ赴いた咲良を思う。 苦しむことなく、全てが終わるようにと。

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