84 / 668
・
「………………」
咲良の呼吸が少しずつ深くなっていく。
ギュウッと強ばっていた背中がゆるゆると力が抜けていくのを、守弥はじっと待つ。
弟妹を寝かしつけていた経験上、ここで動けば寝入りかけた子供は起きてしまうのを知っているからだ。
『しまった……』
嵩張る巫女服を脱がせてから寝かせば良かったが、まだまだ疲れが伺える子供を起こすのも忍びない。
代わりの服は時雨が持ってくるだろうし、多少の皺は致し方ないだろう。
「………………」
掌から伝わってくる鼓動も、トク、トクと落ち着いてきた。
『バリバリと喰われる覚悟で来たんだろうが、さすがに別の食うという意味は分かってないだろうな……』
山奥の宮の中から出たことがないと言っていたから、下世話な話題に触れたりしてもいないだろう。
誰かを妬み嫉んだりしたこともないかも知れない。
誰も足を踏み入れない高嶺に積もった雪のような長い髪は、俗世間の穢れに触れていない証立てなのか……。
自分を後回しにして死ぬためにこの世界に来たことも、出会って間もない守弥を案じていたことも、咲良の中にある清らかさを表している。
『世間ずれしろとは言わないが、こちらで生きていけるだけの力をつけてもらわないとな……』
咲良から香る甘い匂いに誘われ、守弥も眠りの淵へと落ちていった。
ともだちにシェアしよう!