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「……ら」 「………………っ、……あ……」 宮司とは違う声が微かに聞こえる。 「……ら、………………、咲良っ」 「……っ?」 紗の森の何処かから響く声に、咲良はビクリと身を震わせた。 ぐるりと周りを見回しても、宮司と同じく姿は見えない。 「咲良さん。 貴方は家族にある自分の記憶を封じてしまったことも、ちゃんと伝えなければいけませんよ……」 「宮司さまっ?」 突如強くなった風に紗が煽られた。 「…………素直に……えて…」 「宮司さま……っ」 びょうびょうと鳴りながら吹く風に、宮司の声はかき消された。 代わりに、無数のヴェールが淡い光を帯び始める。 しゃりぃん…… 清らかな鈴の音が響き、淡く光っていたヴェールが風によって散り散りになった。 「ああ……っ」 散り散りになった紗は風に巻かれて、心優しい鬼が迎えに来てくれた時のような桜吹雪へと変わっていく。 「咲良。大丈夫か?」 気遣う言葉をかけながら現れたのは、狩衣を纏った凛々しい姿の守弥だった。

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