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守弥が車を向けたのは、波の穏やかな浜辺であった。
「……っ、……これは……っ、ここにある水には果てがないのですか……?」
「この向こう……、行き着く先は大陸だ。
大陸との間はこの海だけがある」
「これが海……。
本では見たことがありますが、初めてでございます。
吹いてくる風に乗ってくるこの香り……」
「潮の香りだ」
「これが潮の香り……。
初めて嗅ぎますが、懐かしく感じまする……。
不思議でございますね……。
寄せては返し、寄せては返す……。
まるで意志を持って生きてるかのよう……」
潮の香りを吸い込んで、ゆっくり吐く。
「万物の命が生まれた源だからな。
懐かしいと思うのは普通なのかもしれない。
それに……」
「…………?」
「生まれるまでの間は、皆、羊水の海の中にたゆたっている。
俺も、お前も、お前の姉もみな等しくな」
「守弥さまも、咲耶も、わたくしも……」
「そうだ。みな、同じく」
「………………」
「絶対に忘れるな。
命の重さは誰かが軽くて誰かが重いということはない。
自分を卑下したり軽く見たりしないと、この貝殻を見る度に思い出せ」
「………………」
掌に乗せられた、淡い色合いの貝殻。
選定の泉の周りに咲いていた、あの枝垂れ桜と同じ色……。
「字は違うが、お前と同じ″さくら″という名前の貝殻だ。自分を大事にする約束の印と思うんだぞ」と告げられた瞬間、心臓がトクリと跳ねた。
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