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自販機の前に来たものの、選びかねた咲良は更に無言になった。
「どんなのが飲みたい?
温かいのと、冷たいのと」
「………………」
「じゃ、兄さんに持っていきたいのはどんなの?」
「…………飲まれなくても、掌を冷やせるものがありまするか……?」
「………………あるよ。
金属の缶のものなら、大丈夫だと思う」
「では、それを…………」
上の空の咲良に、時雨はため息を一つつく。
「咲良。
自分を責めたり、苛立ってしまうのは違うよ?」
「………………っ」
「そもそも、考え無しに煙草に火をつけた志朗が悪いし、いつもなら使い捨てのおしぼりを使う筈なのに、素手で煙草を握り潰した兄さんも悪いんだ。
咲良は一生懸命がんばったんだ。
気にする必要は無いんだよ?」
「本当に………?
わたくしにはそう思えないのです」
「………………なんで?」
「いつもなら使い捨てのおしぼりを守弥さまはお使いになる。
なのに、今回は違った。
その違いは何なのでしょう。
………………そこにあるのは、わたくしだとしか思えませぬ」
「………………上手く言えないんだけどさ。
元々兄さんは……あんまり感情を露にするタイプじゃなかった。
特に、喜怒哀楽の……、怒りを表に出さない方だったんだ。
犬猿の仲の志朗は別として、ね」
「………………」
「感情が薄くて色々言われたこともあったけど、少しずつさ、変わってきたんだよ。
家族以外にも気持ちが動くようになってさ。
いつから変わったと思う?」
「………………」
「咲良が来てからだよ」
「え………………?」
意外な一言に、咲良は瞠目した。
「気持ちが動いても、誰かの為に咄嗟に行動するタイプではなかった。
けど、今回は感情が動くよりも早く体が動いた。
それってさ、悪いことばかりじゃないんだ。
寧ろ、俺たち家族が望んでいた事なんだからね」
「………………望んで……?」
ゆっくりと、時雨が頷いた。
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