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宮の中から出たこともなく、祭りの時は常に裏方だった咲良。
上がった舞台の向こうには、見たことがない数の人々がいた。
『怖い……でも…………、わたくしは一人ではない……』
大きく息を吸い、構える。
『皆さまに喜んでいただけるよう、心を籠めて舞いまする』
一陣の風に衣裳がはためく。
五穀豊穣祈願の舞いがはじまった。
いつもの年ならば、型どおりの緩やかな舞い。
守弥と時雨が鬼に扮して行う奉納の舞いの前の、いわば小休止的な意味合いが強かった。
だが。
今年は違う。
影向(ようごう)の松の前に、白鷺が舞い降りた。
「こ、これは……」
「こんな見事な鷺舞いは初めて見ます」
「なんと美しい……」
風をはらんでひらめく衣裳。
冠と衣裳を合わせると結構な重量な筈なのに、まるで本物の鷺が舞うかのような軽やかさ。
指先足先、髪の毛一本に至るまで、動きのひとつひとつが美しい。
本職にしている者が舞っているかのようで……。
観客だけでなく、目の肥えた氏子総代も溜め息をこぼす。
「綺麗……」
「ねぇ、この花びら、何処から……?」
何処からなのかは分からないが、風に乗り、花びらが宙に舞い始めた。
ひらりひらりと舞い降り、人々の掌に触れる。
しゃああん……。
しゃりぃ……ん……。
「あ……っ」
「え……?」
可愛らしい音とともに、花びらが消えた。
風に舞い、人々の掌に触れては消える花びら。
不思議なことに、受け取った者の心が温かさに満たされていく。
「おや……。
今年は特にご機嫌のようだねぇ……。
大盤振る舞いをなさる……」
「もしかして、ばあ様……これは……っ」
「茶会の御菓子がことのほかお気に召したようだね。
今年は大豊作間違いなしだよ」
「………」
観客からの喝采の中、咲良は鷺舞いを無事に終えた。
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