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咲良が気にはなるが、時間も時間だ。 日付けが変わってしまっているし、ゆっくり休ませたい。 ばあ様と時雨は居間へ行き、二人っきりになった。 明かりを落として常夜灯だけにする。 背が伸びて、今までよりも更に自分の好みになった咲良に心がざわつくが、体調を崩しているときに無体な真似をしたくない。 定位置に寝かせ、薄手のタオルケットをかける。 「…………あ……と…………しゅ……」 「ん?」 「あり……まと……」 「ああ……。ありがとうって言いたかったんだな?」 「はう…ぅ…」 「熱が下がったら多分呂律も元に戻ると思うから、そのときにいっぱい話そうな」 「はう……」 今日は守弥に沢山のありがとうを伝えたいし、背が伸びた自分がどうなってるのか知りたい。 鼻血をこぼして汚した甚平も気になる。 話したいことがそれこそ山のようにあるのに、眠気がどんどん侵食してくる。 せめて、呂律が元に戻ればいいのに……。 「…………えう……」 「大丈夫だ。明日には良くなる」 「…にあ……」 額や頬に触れる指が少し冷たくて心地いい。 『ずっとこうして触れられていたい……。 咲耶の対の鬼様だと分かっていても、離れたくない。 いえ……、離れたらわたくしは……きっと気がふれてしまうくらいに……。 ごめんなさい、咲耶……。 わたくしは……、守弥さまと片時も離れたくなくなってしまいました……』 いつものように左胸に耳を当て、トクトクと響く鼓動を感じながら頬をスリスリする。 「甘えん坊だな……ふふ……っ」 銀髪に絡む指。 絹糸のような艶を確かめるように滑っていく。 待ちわびた感触に酔いながら、咲良は夢の淵へと落ちていった。

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