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握った手を当てた向こうで、何かが動く気配がある。
それが、護矢比古に植え付けられた黒いもの。
「な…にを…、香久…」
「しゃべらないで。まだ…」
目の前にある本物に気づかれてはいけないのだ。
握った手に巻き付けた紐が血脈のように熱を持つまでは。
「………っ」
牢で呪い抜きをしても上手くいかなかったことを、香久良はずっと悔やみながら考えていた。
無理矢理に抜こうとするからうまくいかない。
ならば、相手側が向かってくるように仕向ければ良いのではないか、と…。
服地のこちら側にある握りこぶしを、本来の目的のものに擬態させる。
急いでやらなければ、護矢比古の魂魄に闇がまとわりついたままになるからだ。
「慌てちゃだめ…。誘い出すの…」
荒くなり始めた呼吸に自らの呼吸を合わせていく。
心臓の動きに握りこぶしが同調するように。
ずるり。
…ぬたり…。
四肢に絡みついた黒いものも、じわじわと近づいてくる。
『生キノ良イ気配…。
ウマソウ…、ウマソウ…』
怖い。
でも、それを気づかない素振りで続ける。
意識が飛び始めているからこそ、付け入る隙があるから。
ゆっくりと、気配が浮き上がってきた。
「………」
黒い靄が滲み出し、香久良の手の周囲で渦を巻く。
『見ィツケタ…』
ケタケタ笑う声が聞こえ、渦を巻いていた靄が更に濃くなる。
『ウマソウ…』
「………っ」
舌なめずりするような気配の後、靄が握りこぶしに突き刺さった。
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