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『咲良…戻って来い!』 ぎゅうぎゅうと巻き付く紗に押し込まれるように、幼い咲良が石の中へ取り込まれていく。 『…わ、た…』 『………?』 微かに響いてくるのは、聞きなれた咲良の声。 『咲良!』 『わた…くし…は…、戻って…は…なら…』 悲しげな声は、振り絞るようだ。 『俺の対はお前だけだ』 『で…も……』 『俺には、咲良がいないとだめなんだ』 『…っ、……っ』 『咲良がいなければ、何の意味もない。 対がいない鬼は、死んで魂すらも塵になって消えるしかない』 『守弥さまが、儚くなって塵に…? そんなのは、嫌です…っ!』 『傍に対が居ない鬼は正気を保てないんだ。 咲良以外は意味がない』 『………』 『………対がいてこその鬼なんだ。 戻って来てくれないと、俺は死ぬしかない。 咲良が戻らないなら、俺も死ぬ。 一緒に逝く』 『…っ、……っ』 明確に迷いが見える。 『俺は、咲良しかいらない』 『………』 『戻って来てくれ…』 『………っ』 紗を押し返そうと踏ん張っていた手足が退く。 『昔の事は昔の事。 全部忘れて、今の自分を生きよう』 『忘れて…?』 『ああ。 俺が俺以外の何者でもないように、お前も姫乞いの儀式を経てこの世界に来た咲良以外の何者でもない。 それでいいんだ』 『わたくしは…咲良であれば、それで…?』 『ああ。 戻って来てくれ…』 『………っ、……』 咲良が息を飲む気配がした。

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