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「これをお前にやる」
「………………?」
キョトンとしている咲良の掌に包みを乗せ、パチンとウインクする。
「…………これは……?」
「ん?
これはな、どうしても思いきれないときに枕元に忍ばせると、勇気が湧くのだ」
「ほえ……?」
「守弥に聞きにくいことを聞き出すための勇気が湧く」
「まことにございますか……?」
「ああ」
両手でキュウッとすると、甘い香りが立ち上る。
「おいおい、今握りしめたら駄目だ。
亭主がいるところにしろ」
「て、ていしゅ!?守弥さまに叱られてしまいまするっ!」
「いいからいいから。
界渡りの姫のお前が想いをこめてキューッと握ってだな、枕の下に忍ばせるんだ。
そしたら、明日にでも聞き出すきっかけが出来るか、勇気が湧く。
いいか、寝る前だぞ。間違えるなよ?」
「………………は、はい……。
でも、なにゆえこのように良くして下さるのですか……?」
「ん?
美味な……、いや、ま、うおっほん!細かいことは気にするな!
ほら、そろそろ亭主が探しに来るだろ。
俺も自分の世界に帰らねばな!じゃあな!」
「へ、あ、あっ、ありがとうございまするっ!」
「なんのなんの。では、またな!」
泉の表面にさざ波が立った瞬間、鬼は忽然と消えてしまった。
「………………夢ではないのですよ、ね……」
手の中には、鬼から手渡された包みがある。
本当に、守弥に心の内を聞けるだろうか。
いや、聞かねばならない。
唇を引き結び、咲良は石庭を横切り宮の中へ入って行った。
その石庭を見渡す桜の木の陰で、鬼は小さく息をつく。
『やれやれ……。
随分奥手な花嫁であったな……。
素直に包みを使ってくれれば良いが、使いあぐねるようならあとひと押ししてやらねば……』
咲良の顔立ちも気性も、かつて鬼を和ませてくれた姫に良く似ていた。
それだけに、幸せになってもらいたい。
『………………美味なる菓子の数々の礼には程遠いだろうが、な』
すい、と夕闇にとけるように、鬼は姿を消した。
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