549 / 668

必死で働く香久夜。 自身を亡きものにして片割れの香久良を伴侶に据えようとしていた夜刀比古に対する怒りや、結果として酷い殺され方をした護矢比古と香久良の事を思う度に、心が軋む日々を過ごしていた。 誰かに話せる事ではなく、香久良を手放さざるを得なかった両親を責めることもできぬまま、人知れず懊悩する香久夜を見てはいられず、鬼は堪りかねて人の姿を借りて里に舞い降りてしまった。 「支えがなければ、人は生きてはいけない…」 立て直す手伝いをしている内に、鬼と香久夜は恋仲になった。 それはごく自然の流れで。 そして、香久夜との間にもうけた子供たちは里を立て直していった。 「誤算だったのは、思っていたより俺の血が残ってしまったことくらいか」 生まれた男子は普通の体格なのにかなりの力持ちであった。 痩せた土地をどんどん開墾し、里を立て直す中心になっていく。 周囲の里や村にも出掛け、岩を砕き大木を倒し根を掘り出した。 女子は先を見通す力や、病を癒す力を持って生まれて来ることが多かった。 いずれ来るであろう災いを予知したり、それを回避する為の方策を人々に伝えた。 子から孫、更に次の世代へと鬼の血は繋がっていった。 人の寿命を迎えて去った後も、鬼は里を見守り続けた。 「本来、人の生業に関与すべきではないが、あの出来事は人の手に余ったからな…」 千年単位で続いてきた血だ。 やり残したことや、取りこぼしたことは沢山ある。 守弥と咲良が呪いと関わった年月だけではなく、他の子らにも向き合い乗り越えなければならない試練があるのだ。 「伝承が途中で間違った方向に捉えられていたが、咲良が戻ったことで修正されたのも事実…。 命を懸けて踏ん張った分、これからは伴侶とはぐれずに生きていけよ…」 傾けた掌に小さな風が生まれる。 ふうっと軽く息を吹き掛け、渦を作り出す。 「起源の残滓は貰って行こうな」 風の渦の中に桜の花弁が混ざり、風が巻くごとに増えていく。 二人の中に残っていた護矢比古と香久良の記憶を巻き取り、ビュウビュウと渦を巻く。 「もう大事な亭主とはぐれんようにな…。 息災であれよ」 しゃあん…。 清々しい笑みを浮かべて、花びらとともに鬼が消えた。

ともだちにシェアしよう!