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「何からお話しすれば良いでしょうか…」
「………取り敢えず、なんで生け贄になろうとしたかよね」
「ああ、それもそうですね…」
「………父さんや母さんに無理強いされたんじゃないの?代わりに行ってこいって」
「そのようなことはありませぬ。
お父様もお母様も、身代わりになれとは一度も仰有ってはおりませぬ」
「じゃあ、なんで」
無理強いされてないのなら、何故引き受ける?
咲耶はそれを質した。
「……失いたくなかったのです。
生きながらに鬼に食され心が壊れたなら、咲耶の魂魄は輪廻の輪に戻れなくなりますゆえ」
「勝手に戻れないって決めつけるのやめてよね。
それに、アンタが引き受ける理由は無いでしょうよ」
膝の上でギリギリと握る拳が白い。
その拳に、咲良はそっと手を添える。
「理由は幾つもありまする。
とりかへの儀式の後、わたくしを気遣ってくれたではありませぬか。
いつも息を弾ませて会いに来てくれた。
可愛らしい野の花であったり、特別に貰ったお菓子をお裾分けに来てくれた。
細く薄くなった縁を手繰り寄せるように、空いた時間を割いて。
日向の香りを纏って駆けてくる咲耶の来訪がどれだけ嬉しかったか…」
「………」
柔らかい笑みは、幼い姿の頃と変わらない。
「宮に住まう式神や付喪神の気配に恐ろしさも感じていたでしょう?
なのに、勇気を振り絞って訪れてくれているのも、本当に嬉しく、申し訳ないと思っていたのです。
外の世界を知らぬわたくしにとって、貴方の存在はとても大きなもの……。
大事な……本当に大事なわたくしの半身には、怖い目に遭ってほしくありませんでした」
「………それだけで、生け贄とか引き受ける?
馬鹿なの…?」
引き受けて欲しくなかった。
そんな生け贄とか身代わりとか。
訳の分からない伝承や言い伝えに従っている咲良にも、両親にも言いたいことは山ほどあった。
学校にも通わず、宮に封じられたままだなんて馬鹿げていると、何度も一緒に連れ帰ろうとした。
「あたし達の災難とか引き受けるのやめて」
「痣なんか気にしなくていい。
あんたの事はあたしが守ってみせる!」
「もうやめて!山から降りようよ!」
説得は毎回していた。
でも。
咲良は一度も首を縦には振らなかった。
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